坂から下りてきたら

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 玄関から彩矢と蓮が出て来て、車に乗り込む。エンジンがかかる音がして、タイヤが砂利を噛む音と共に、車は去って行った。  信次は走り去った車を見送る優希を、心配そうに見る。まだ幼い娘は、何かを堪えるような顔つきをしていた。 「そうだ、後でケーキかアイスクリームか食べに行かないか。蓮は手伝わなかったから、あいつには内緒な」  優希は信次の方を見て、ふふっと小さく笑い「うん」と頷いた。  それから一時間くらいして、彩矢と蓮が戻って来た。彩矢は紙袋を持っており、蓮は出て行く前と同じく、スマホゲームに没頭している。 「ただいま」と声がして、彩矢がテラスに近づいてきた。蓮は、スマホに視線を落としたままソファに座る。テラスに出てきた彩矢は、テーブルの上に紙袋を置いた。 「これ、お隣からいただいたの」  近所にできた洋菓子店のケーキらしい。彩矢は優希を見た。 「優希、食べるでしょ」  え、と優希は信次を見る。 「今じゃなくていいだろ。明日食べるよ」 「それじゃ、お隣に申し訳ないじゃない。賞味期限は今日だから、今日中に食べないと。お会いした時に、感想聞かれたら困るもの」 「なら、君が食べればいいだろ」 「私、甘いもの控えてるのよ。優希、あなた、食べるでしょ?」 「……う、うん」  脅迫的に頷く優希に信次は言う。 「優希、食べたくないなら、無理するな」 「ちょっと、あなたの意見を優希に押しつけないで」 「俺の意見?」  信次の眉根が寄る。彩矢は呆れたように信次を見やって、 「優希、蓮と中で食べなさい」 「はい」と優希は信次を一瞥して、ケーキの箱を持って、中に入って行った。  それを見送って、信次は彩矢に向き直る。 「最近、優希に冷たいんじゃないか。もう少し優希のことを気遣ってやれよ」 「そんなことないわよ」 「さっきだって、優希が一緒に行きたいって言ったのに、蓮を連れて行っただろ」 「仕方ないじゃない。優希とは、少し考えが合わないみたいなんだもの」 「どういう意味だ」  前ね、と彩矢は腕を組む。 「あの子、私に言ったの。見栄っ張りだって」 「それが」 「見栄っ張りって失礼じゃない?私は、他の奥さんより控えめにしてるし、あなたの同僚の奥様みたいに自慢話もしないじゃない。むしろ聞いてあげてるし、張り合ったりなんてしてないのに」 「たとえ違ったとしても、子供の言うことなんだから、それはそれとして受け流せばいいだろ。まさかとは思うが、それが理由で優希に冷たくしてるんじゃないだろうな?」 「違うわよ」と彩矢は眼を泳がせる。その反応に信次は、呆れと共に不快感を覚えた。 「あのな、優希は、まだ十三歳なんだぞ」 「分かってるわよ」  苛立った声で返して、彩矢はリビングに入って行った。
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