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⑵
夕方になり、だいぶ暑さがやわらぐ。家族四人で、木炭の煙が上がるテラスのテーブルを囲んだ。信次の隣には優希が座り、向かいに彩矢とスマホをいじる蓮が座っている。
「蓮、いい加減にしろ」
蓮は信次をちらりと見ると、ポケットにスマホをしまう。だが、どうしても気になるのか、そわそわしている。信次は、そんな息子が気に入らなかった。
「お前、ゲームをやり過ぎだぞ。いい加減にしないと禁止にするからな」
父親に叱られた蓮は「はい」と不満げに返事をする。
気を取り直して、信次は腕の見せ所とばかりに、肉を焼いて家族に振舞った。蓮は食が進まない様子で、箸で肉をつついている。
食事を初めて十分ほどしたところで、蓮が彩矢に言った。
「お母さん、もうリビングに戻っていい?」
「え、もう?食べないの?」
「もういい」
蓮、と信次は溜息を吐く。
「まだ食べ始めたばかりじゃないか。なんだ、またゲームか」
蓮は気まずそうに「別に」と言う。
「ちゃんと食べろ。せっかく来たんだ」
「別に、来たいって言ってないし。それに、さっき無理やりケーキ食べさせられたから」
その言葉に、むっとして優希が言い返す。
「無理やり食べさせてなんてないでしょ」
「いらないって言っただろ」
「じゃあ、食べなきゃいいじゃない。わたしのせいにしないでよ」
喧嘩に発展しそうになるのを見かねて、彩矢が「分かった。じゃあ、いいよ」と蓮に言う。蓮は、さっさと立ち上がり、リビングへ入って行った。信次は呆れ返って彩矢を見る。
「なによ。無理に食べさせることの方がよくないでしょ」
信次は溜息を吐いて、隣の優希を見る。優希は、信次を気遣ってか、黙々と食べ進めていた。
「そういえば、ケーキくださった山田さん、直前まで夫婦喧嘩してたみたい」
薄笑いを浮かべる彩矢。それが、どれほど醜いか、本人は知らないだろう。
「だから?」
「あそこの奥様、ご主人を尻に敷いてるのよ。ご主人、可哀相よね。あれじゃ、幸せになれないと思う」
彩矢は、完璧な自分でありたいという願望がある。その願望が、ときに醜い形で表出するのだが、その原因は他人の中にあると考えていた。
優希は、どことなく唖然として、悪口を零す母親を見ている。信次は聞きたくないとばかりに、彩矢に言った。
「ビール持って来て」
頼まれた彩矢は不満げに立ち上がり、リビングへ入って行った。
信次は彩矢がいなくなったのを見計らって、優希に言う。
「優希、今日はだめだったから、明日、お父さんと出かけような」
「うん」と優希は嬉しそうに頷く。信次は笑顔で優希の頭を撫でた。
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