坂から下りてきたら

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⑷  クーラーのきいた屋内に戻ると、汗が急激に冷える。彩矢(さや)はキッチンで何かをしており、(れん)はいつものように畳部屋でスマホに(かじ)りついている。  信次は、キッチンにいる彩矢にテニスに行かないかと誘った。彩矢が振り返る。彩矢は無表情に「そうね」とだけ言った。機嫌が悪いのか、単調な口調を訝って訊ねる。 「どうした?具合でも悪いのか?」 「いいえ?なんでそう思うの?」 「いや、なんとなく」 「悪くないわ。大丈夫よ」  抑揚のない返答に、信次は首を傾げる。 「本当に大丈夫か?」 「大丈夫よ」と口先だけで言うと、彩矢はくるりと背を向けてしまった。  その後、運よく近くのテニスコートの予約ができた。行こうと誘うと、彩矢は先程と同じ調子で断って来た。 「さっきは行くって言っただろ」 「そうねって言ったのよ。来たばかりだし、少し休みたいの」  せっかく優希が上達したところを見せたがっていたのに、と信次は優希を気遣う。優希は淋しそうな顔をしていた。信次は蓮の方を見て、声を上げる。 「蓮、お前はどうする」 「いい」  だろうな、と零して、信次はスポーツ用の着替えをクローゼットから引っ張り出した。
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