坂から下りてきたら

8/42
前へ
/42ページ
次へ
 二時間たっぷりプレイして、信次と優希はコートを後にした。熱気のこもった駐車場の車に乗り込んだ信次は、クーラーを強にして、急速に車内温度を下げようとする。暑さに辟易しながら、時計を見た。午前十一時二十三分。信次は、助手席の優希に提案した。 「昼飯食べて帰るか」 「お母さんと蓮は?」 「電話しておくよ。たまには二人で好きなもの食べよう」 「いいよ」と優希は嬉しそうに言う。  信次はスマホを取り出し、彩矢に電話をする。 「もしもし、俺だけど。優希と(めし)食って帰るから。いいだろ」 『いいわよ』  信次は電話を切って、エンジンをかける。 「よし、何食べたい?」 「ハンバーグが食べたい」 「いいぞ」  信次は車を発進させた。  ステーキハウスで昼食を済ませ、信次は次にアイスクリーム屋に向かった。そこで昨日の約束を済ませてから、別荘に戻る。  車の中で、唐突に優希が吐露した。 「お母さん、わたしのこと嫌いなのかな」  信次は驚いて、優希を一瞥する。 「まさか。そんなこと、あるわけない」 「だって、テニスにも来なかったし」 「ただ疲れてるだけだよ」  優希は感情を押し殺すように黙り込む。心配した信次は続けた。 「優希を嫌いだなんて、あり得ない。ただ、うまくいかない時っていうのはある。時間が経てば解決することもあるから、あんまり気に病むな」 「……うん」と優希は頷く。元気のない優希に、信次はなんとなく自分の話をした。 「お父さんにだって、うまくいかない時っていうのはあるよ」 「そうなの?」 「ああ。いくら売り込もうとしても、話も聞いてもらえないこととかな。そうなるとお父さんより偉い人の機嫌も悪いし、最悪だ。そういう時って焦るよな」 「うん」 「けどな、そこで焦らず、機会を待つんだ。いずれ機会がやってくる。それを見逃さないようにしながら、じっと耐えて待つ」 「わたしも待てばいいの?」 「耐えなければならない期間というのは、必ずあるってことだ。苦しいけど、苦しんだ分だけ、その後の状況に良いところを見出せるからな。難しいかな」 「ううん。分かった」 「そうか」と信次は笑う。 「優希は賢いな」  優希は、少しだけ照れくさそうにした。
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加