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「本当によいのか? あとからやっぱり戻すということはできないのだぞ?」
杏の問いに、陸斗は少しの沈黙の後に頷いた。
「真衣が幸せになるところまで見届けることができてよかった」
「そうか……。オマエの一途な恋を私も見届けさせてもらったぞ」
「ありがとう」
杏はベンチから立ち上がった。そして、陸斗の前に立った。
「一つ、聞きたい」
杏が言った。陸斗は頷いた。
「真衣の幸せを見届けて充分ならば、なぜ去り際に雨晴海岸のことを囁いたのだ? 真衣は混乱していただろう?」
その質問に陸斗は一瞬、身を硬直させた。そのまま黙り込んだ後、陸斗は歪んだ笑顔を浮かべた。
「……オレだって本当は悔しいんだよ。十年以上、真衣のこと大好きだったんだ」
涙を浮かべて、目を真っ赤にしている陸斗を見ながら、杏は「そうか」と言ったあとに、
「本音を聞くことができたな」
と笑った。「悪趣味なやつだな」と唇をへの字にして陸斗は言った。
「悪趣味でないと死神はやってられないと言っただろう? ところで」
「なんだよ?」
「オマエから真衣への思いに関する記憶を消したら、私はここから消える。そろそろ本業に戻る」
「……そうか。本当に、いろいろありがとう」
陸斗の言葉に杏は軽く首を横に振った。
「礼などはいらない。結構、楽しかったぞ」
杏は拍手でも始めるかのように陸斗の眼前で両手を開いた。
「卒業、おめでとう」
杏が言った。その言葉の意味を陸斗はわからなかった。
「何からの卒業だよ」
杏はその質問には答えなかった。
「オマエのこれからの新しい物語にちょっと期待している」
「ちょっとかよ」
「ちょっとだ」
そう言うと、杏はこれまで彼には見せることのなかった柔らかな微笑みを浮かべた。
その微笑みに陸斗は少し戸惑い、何かを言おうとした。しかし、杏は陸斗に何も言わせないまま、両手をパンと小気味いい音と共に叩いた。
次の瞬間――、陸斗の目の前から杏の姿は消えてしまった。
そして、杏に関する記憶も消えてしまった陸斗は、自分が何を見ていたのかがわからず辺りを見渡した。
誰かと話していたような気がするのに、そう思いながらも陸斗は辺りに誰の姿を見つけることもできなかった。
ただ、自分が座るベンチに缶コーヒーの空き缶だけが残っていた。
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