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式場の近くにある公園のベンチに陸斗は座っていた。
春の日差しを受けながら、背中に汗ばむものを感じた少年は、ジャケットを脱ぎ、左横へと置いた。
手を叩く拍手のような音が聞こえた陸斗は音の方へと顔を向けた。近づいてきたのは、式場のスタッフである杏だった。
「大役、ご苦労様でした」
陸斗は微かに微笑む。それは、披露宴会場で見せていた無邪気なそれとは異なるものだった。
「いろいろありがとう、杏」
「別に私は大したことをしていないよ」
杏は、陸斗の右隣に座った。肩から斜めにかけていたカバンから缶コーヒーを二つ取り出し、一つを陸斗へと差し出す。すぐに陸斗は受け取ろうとしなかった。
「あ、ジュースのほうがよかったか?」
「いや……この身体でもコーヒーはおいしいって感じるよ。ありがとう」
と陸斗は缶コーヒーを受け取り、プルトップを小さな手で開けた。
「父親と母親は?」
「親戚と会食するって店探しの電話とかしてる。しばらく公園で待っててと言われてる」
「そっか」
杏も缶コーヒーのプルトップを開けて、口にした。
「なかなかの手紙だった。うまいこと言うものだな。本当の記憶も伝えながら、最後まで『西條陸斗』を演じきった。真実を知る私でも涙をもらいそうだったぞ」
「それはどうも」
「あれで……よかったのか?」
「ああ」
「てっきり、自分の本当の正体をバラすものだと思っていたのだけどな。会場がどうなるのか見てみたかった」
杏は陸斗の顔を見ながら口角をあげて笑った。
「悪趣味だな」
陸斗がそう言うと杏は声をあげて笑った。
「趣味が悪くなきゃ、やってられないさ。死神なんて職業はな」
杏は空を見上げた。
はるか高みには青い空があり、白い雲が浮かんでいた。
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