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 笑顔が溢れる披露宴会場、光の当たらない暗闇の中を木下杏(きのしたあんず)が足早に移動する。式場のスタッフである彼女は、高砂席に座る新婦の横に就くと、静かに跪く。 「金久保真衣(かなくぼまい)様」  名前を呼ばれた花嫁・真衣は顔を杏のほうへと向けた。つい先ほどまで友人たちに囲まれ、人生でこれ以上ないというほどにフラッシュを浴びていた真衣の顔にはいくらかの疲労があった。 「この後、甥御様の陸斗様よりのお言葉となります」 「あ、はいはい」  真衣は頷いた。 「陸斗くん、うまく喋ることできるかなぁ」  独り言のように真衣は言った。 「随分、かわいがっていらっしゃる甥御さんだそうですね」 「そうなんです。いま七歳なんですけど、もうかわいくって! 親バカならぬ叔母バカになっちゃうぐらいかわいくて。今日も母親みたいな気持ちかもです。あー、私が緊張してきた!」  と真衣は胃の辺りを左手で抑えた。 「金久保様が優しく見守ってさしあげれば、きっと陸斗様の緊張も和らぐかと思いますよ」 「ですよね。私が緊張してたら陸斗くんも緊張しちゃいますよね」  真衣は自分の両頬を軽く叩いた。「陸斗くんなら大丈夫だよ」と隣に座る新郎・金久保豊(かなくぼゆたか)が真衣に声をかけた。 「うん、きっと大丈夫だよね。はい、お願いします」  杏は頷き、「では陸斗様にお声をかけさせていただきます」と述べて立ち上がった。  披露宴会場は歓談で賑やかだった。そんな中、親族席で強張った顔で座る少年が陸斗だった。司会者に目線で合図をしてから杏は、陸斗のもとへと足を進めた。
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