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塾には、もうすでに同じS女学園の高校の子や東城高校や石牧高校達が何人か来ていて自転車置き場で志望大学の話をしている子もいれば問題集を読みながら建物に入って行く子もいた。
七海が腕時計を見ると塾がはじまるまでまだ30分あった。30分後にまた憂鬱な勉強タイムがはじまる。そう思うと、体の力がどんどん抜けていく気がした。
「はぁ」
七海は1人ため息をつき、塾の自習室に入った。
自習室は、受験生以外の生徒も利用していることもあってか前の方の席はポロポロと埋まっていた。七海はあまり人が座っていない右奥側の1番端っこの席に腰をかけた。
「はぁ」
またため息を漏らす。
すぐに移動できるように前の席に座っても良かったけど、仕切りがあるとはいえ友達でもなければ面識もない人の隣に座るのは少し気が引けて座らなかった。
七海の友達は、私立大学や専門学校の推薦入試を受ける子や就職する子ばかりで大学受験のために塾に通っているのはグループ内で七海1人だけだった。塾は遊びに行くところではないとはいえ、1人くらいいてくれたら受験勉強のモチベーションだってあがったのかもしれない。他の子みたいに友達と勉強を教え合ったり励ましあったりしながら塾に通えたらこの憂鬱な気持ちも少しは楽になるのにな、と思った。
「少しだけ寝ようかな」
何もする気になれず、そう呟いて机に伏せようとすると急に肩をトントンと叩かれた。振り向くと、白いワイシャツに紺色の長ズボン姿の少しチャラチャラしてそうな雰囲気の男の子が立っていた。ワイシャツについた校章を見て東城高校の子だ、と思う。
チャラチャラした雰囲気の男の子はヘラヘラ笑っていた。この様子から見るに東城高校の1年生か2年生の子だろうか。
「隣座っていい?」
「あ、どーぞ」
厄介そうな人が隣にきたな、と思いながら答える。仕切りがあるから絡まれたりとかはないだろうけど。
そう思って再び仮眠をとろうとした七海に隣の男の子が「ねぇねぇ」とニヤニヤしながら話しかけてきた。
「はい?」
「S女学園の子だよね?名前なんて言うの?あと、何年?」
いきなりナンパかよ、と思いながら「3年の安田七海」と早口で返す。
「安田さんも3年なんだー。あ、俺?俺は岡崎翔太。東城の3年で看護学部志望」
何も聞いていないのに勝手に自己紹介をはじめる岡崎翔太の声にイライラしながらも「よろしく」とだけ返す。こんなナンパをしてくるような人が看護学部を目指しているなんてちょっと有り得ない。漠然たした理由で農学部を目指す七海も七海だけど。
「安田さん、何学部志望?」
「農学部」
「へーなんで?」
「植物好きだし理科が得意だからかな。最近、伸び悩んでるけど」
七海は寝ることを諦めて暫く岡崎翔太の相手をすることにした。受験のことを悶々と考えるくらいなら他校のナンパ師の相手をした方がマシだ。
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