第二章 悔恨

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*  自宅に戻った成亮らは駆け抜けるように二階まで登った。有輝也の母であった美和子にも、父であった信二にもこのアルバムを見せてはならないと思った。成亮にはこのアルバムがどういう意味を孕んでいて、有輝也が何を考えていたのか、鮮明には見えてこない。どう足掻いたって、有輝也は死んでしまい、成亮や美和子は残された側の人間だからだ。残した側の気持ちなんて想像できない。  だけれど、同じ残された側の人間の気持ちは手に取るようにわかる。成亮がこれを不愉快に思ったように、悲しみを感じたように、彼の両親はそれよりも根深い何かを感じるはずなのである。  自室に戻った成亮と和は肺に満ちた苦しさを整えるように、肩で息をした。頬を伝う汗を、成亮は乱雑に拭い、床に座り込んだ。 「…シゲちゃん、大丈夫?」 「ん、大丈夫。このアルバムを美和子さんたちには見せられないからさ。」 「そう、だね。そうだと思うよ。そのアルバム、どうするの?」  未だに胸に抱いたままのアルバムを、和は不安そうに見つめる。視線は小刻みに揺れていて、なんだか身じろぎがしたくなった。 「見なきゃいけない…と思う。」  空気を揺らして、部屋の虚空に吸い込まれていく言の葉は恐怖で震えていた。  外は静寂だ。新年を迎えたばかり、いつも雑踏は遠くに吸い込まれてしまったらしい。だから、成亮の声は部屋の中でよく響いた。  和は目を細めて、口の開閉を繰り返す。何度か、口から情けない息が漏れ出た後、彼はおずおずとした様子で言葉を吐きだした。 「見れるの?今、それは必ずしもしなければいけないこと?」  ほんの少しの残酷さと、優しさが滲んでいる。必ずしなければいけないことではない、きっと数年後にこのアルバムを見てもいいはずだ。だけれど有輝也が二十歳の成亮に向けて送ったアルバムを見過ごすことは、どうしてもしたくなかった。  ああ、ごめんと和は顔を歪ませて、再度、口を開いた。 「意地悪言った。シゲちゃんのことを手伝うって言ったのに、こんなこと言ってごめん。でも、それを見なくても先に部屋を調べることだってできるしさ…。俺にはそのアルバムを見るのと、部屋を調べるの、どちらがシゲちゃんにとって辛いのか分からないからさ。シゲちゃんに任せるよ。どちらも辛いのであれば、必ずしも今日じゃなくてもいいし…。」 「見るよ。」  成亮はゆっくりと首を横に振った。ぴくり、と和の肩が揺れる。そして成亮の気持ちを詮索するように視線を上下に動かした。 「そうやって、俺は今まで有輝也の死から逃げてきたから。」 「…そう、分かった。」  和は小さく頷き、にっこりと笑顔を作った。
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