7、もうちょっとだけ、夢を見させて-2

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7、もうちょっとだけ、夢を見させて-2

 ボーナスが出た。翔太たち営業一課一係には、それに加えて金一封も出た。「Pro'sキッチン」シリーズは、彼らの計画の一三〇%の売上を作った、その報償だった。製造現場は大変だったらしいが、翔太たちの取ってきた注文分を何とかこなしてくれた。「Pro'sキッチン」で初めてアサヅカの仕事をしたメーカーさんも、これで安心して取引を続けてくれるに違いない。  行人がアサヅカを辞めて秋津物産へ鞍替えするというウワサについては、何の追加情報もなかった。時折原田が意味ありげな視線を送ってくるが、翔太はあえて乗らないようにしていた。行人に気付かれて、この上原田との関係まで疑われてはたまらない。 (俺にだって好みがあるからな)  翔太の好みは行人だ。声も好き。笑顔も好き。仕事の異常にできるところも好きだ。それに当然ベッドも。 (だから、それを本人に言ってやれよ) と翔太は自分に対して思う。これを口にしないから、行人はあんなに淋しそうな顔をするのだ。 (いや、でも俺、結構言ってるよ) ともうひとりの翔太が思う。 (「言ってる」っていうか、たびたび「言わされてる」な)  翔太の頬が熱くなった。 (だから、そういうプレイじゃなく、普段から言って欲しいと思ってるんじゃないの? ユキさんは)  行人はいつも自分の気持ちにオープンだ。翔太の言動に「カワイイーー!!」と言って大はしゃぎするし、それに。 (ユキさんは、いつも俺に「好きだ」って……)  翔太はスマホを見る振りをして下を向いた。電車はもうすぐ空港に着く。  三泊四日で沖縄だ。これから四日間は、原田の言ったことは忘れて過ごそう。楽しい休暇になるだろう。何より行人を独り占めにできる。  長いエスカレータで出発ロビーへ上がっていくと、年末年始の大移動で空港は混雑していた。翔太は歩きながら行人に電話した。 「あ、ユキさん? 今着きました。チェックインカウンターの前です」 (おはようショウちゃん! 俺早く着いちゃって、コーヒー飲んでた。ショウちゃん、荷物ひとりで預けられる?) 「また子供扱いしてー。できますよ」  翔太は唇を尖らせて答えた。 (じゃあ、預けて搭乗待合室に入っちゃって。飲み終わったら俺も行く)  翔太は「了解ですー」と言って通話を切った。  アサヅカには、年末年始飛行機に乗ってどこかへ行こうというひとはあまりいないと思うが、念のため別行動だ。そのために、地下鉄は同じ路線なのに、あえて待ち合わせ場所を空港にしたのだ。時間ギリギリの翔太と、早め早めの几帳面な行人とでは、細かな打ち合わせをしなくても、自然と便を分散できる。  出発ゲート付近は飛行機を待つ乗客ですでに混んでいた。沖縄直行便にそんなにひとが乗るなんて、翔太は知らなかった。年末年始に沖縄で過ごすひとがこんなにいるとは。帰省しなくていいひとがこんなにいるとは。  翔太は姉の菜摘に「年末年始は帰らない」と連絡しておいた。「彼氏と沖縄に行く」と言うと、菜摘は大層悔しがった。菜摘が母にどう伝えたかは分からないが、そこは心配していない。菜摘がいい感じに言っておいてくれているだろう。  ゲートから少し離れた椅子に座って、翔太は背負ったバッグから文庫本を取り出した。本はもともとあまり読まないが、行人に影響されて最近読み出した。何ページもめくらないうちに、後ろから肩をたたかれた。 「ショウちゃん、おはよー」 「あ、おはようございます」  プライベートの行人は、今日も出勤時とは違ったカッコよさだ。ストライプのシャツに薄手のカーディガン、下は白のパンツ。軽い足取りで翔太の隣に座った。翔太は行人の胸の辺りを指差した。 「身軽ですね」  旅慣れた行人は軽装だった。 「ああ。コートは荷物に入れて預けちゃうんだ。向こうでは要らないからね。一泊二日くらいだったら、空港のコインロッカーに入れちゃうって手もあるけど、今回は四日間だから、ずっとコインロッカーに入れておくのもね」  確かに。空港内は暖房で充分暖かい。沖縄から戻ってきて空港を出るまで、冬のコートは出番なしだ。翔太は感心した。 「そんな手を使うんですね」 「ああ……まあ、今回は持ち込む荷物も少ないから、そんなにしなくてもいいっちゃいいけどな。昔よく移動してたときはこんなもんじゃなくて」 「昔?」  行人は窓の外の空を見てふっと笑った。 「……昔むか~し! バンドやってた頃な。オーディションとかライブとかで東京へ行くときは、一応楽器を機内持ち込みにしたりして」  翔太の知らないその頃の行人は、仲間と夢を追いかけていたのだ。つくづくこのひととは歩んでいる人生が違うと翔太は思った。翔太は行人の横顔に、「いいなあ……」と呟いた。 「ん? 何が?」  行人が振り向いた。翔太はちょっと迷ってこう言った。 「言いません。だって言ったら、またユキさんばかにするもん」 「俺がいつショウちゃんをばかにしたよ」 「じゃあ、また『カワイイーー!!』って怒られるから言いません。『殺す気か』って」  行人はクスクス笑った。 「そっか。ショウちゃん、また可愛いことを言いそうになったんだね。そしてそれに自分で気付いんだ。大人になったね」  行人の笑顔は、楽しそうで、どこかほんの少しだけ淋し気だった。 「着替え、ちゃんと夏服詰めてきた?」 「もう、ユキさんはすぐばかにする」 「ふふっ」  話している間も、互いに60°ズラした角度に身体を向ける。相談した訳でもないが、どちらからともなくいつもそうしている。肩か背中のどこかがたまに触れる。見つめ合ってしまわないよう、人混みで悪目立ちしないよう注意を払う。    那覇空港でレンタカーを借りた。荷物を積み込んで、宿への道を確認する。ナビを設定して出発だ。 「暑いなあ」  翔太はシャツの上にかぶっていたパーカーを脱ぎ、後部座席に放り投げた。  宿は結局、行人の調べてきたところに決めていた。空港での自分たちの行動を思い出すと、翔太は改めて正解だったと感じた。行人と自分のような組み合わせが、普通に受け入れられる環境は貴重だ。 「ショウちゃん、のど乾いたら、俺のかばんに水あるよ」  行人はハンドルを握ったままそう言った。行人はなぜかいつも翔太に運転させない。 「あざーす」  翔太は腕を伸ばしてペットボトルを取り出した。ボトルの栓は開いていて、上から数センチ減っていた。翔太がこくこくとそれを飲むと、行人がくすりと笑って言った。 「間接キッス」 「今さら」  翔太も笑った。  笑ったが。  翔太は、何だかとても意識してしまった。  行人の唇が、このボトルに触れていた。あの長い指がこのボトルを握っていて。  翔太は一瞬ざわっとして、そして。  運転席の、ほんの20センチ離れただけの、行人の存在を強く感じた。  触れてしまいそうだった。抱きついてしまいそうだった。ハンドルを握った手を解いて、無理矢理こちらを向かせて、そして。 「どうしたの、ショウちゃん」 「えっ」  黙り込んだ翔太を、行人が心配していた。 「疲れたの? それとも車に酔った? どこかに一度停めようか?」  翔太は首を振った。 「いえ、別に、そんなんじゃないです。大丈夫です」 「ホント?」  行人は色つきのレンズ越しに翔太の様子を確認した。  いつも世話を焼かれて、心配されて。淋しそうな行人の表情。翔太の記憶の中の行人が、いろんなときの、いろんな言葉が次々と浮かんだ。翔太の胸が痛くなった。 「そういうのじゃなくて……」 「ん? 何?」  翔太は唇をギュッと結んだ。行人は運転しながら、翔太の次の言葉を待っている。意を決して翔太は口を開いた。 「俺、ユキさんが欲しいです」  行人の腕が震えた。  行人はアクセルを踏み込んだ。翔太の身体はガクンとシートに押しつけられた。 「あ……あ……ユキさぁん」  翔太は切なげな声を上げた。  宿に着くや否や、荷物を解くのも早々に、行人は翔太を広いベッドに放り込んだ。狼が獲物に噛みつくように、翔太の唇を、首筋を、鎖骨を吸っていく。衣服の前がはだけられて、翔太の肌が露わになる。西に来ると日暮れは遅く、ベランダの外はまだ明るい。  行人は翔太の欲望に舌を這わせた。翔太の腰がびくんと震える。行人は翔太の太腿を手で押し上げ、翔太のすみずみを調べやすいようにした。行人の長い指が、欲望の在処をくまなく調べていく。 「ん……っ、いや……あぁ」  翔太は下半身をくねらせて、行人の調査から逃げた。シャワーをまだ浴びていない。行人のキレイな身体を汚さぬよう、自分を清める支度がまだだ。 「逃げないで。欲しがったのはショウちゃんでしょ」  行人がくぐもった声でそう言った。 「だって……だって、ユキさん……」  行人がくすくすと笑った。 「可愛いよ、ショウちゃん。最高においしい」 「や……ぁっ」  翔太は泣きそうになりながら、行人の愛撫に翻弄された。行人の舌と指は、緩急自在に翔太を責める。もう頃合いと見たか、行人は翔太の欲望を深く咥え、激しく吸った。翔太の指が自分を責め苛む行人の髪に絡む。 「ああっ……!!」  翔太は短い悲鳴をともにその身を反らした。波のように繰り返し押し寄せる翔太のそれを楽しみ、のどを鳴らして行人は翔太を解放した。  はあはあと荒い息のまま、翔太はベッドに長く伸びた。  伸びている翔太の横に、行人は寝そべって肘をついた。空いた手で翔太の頬を軽くつまんで、行人は言った。 「お気に召しましたか?」  翔太は行人の方へ首を回した。 「ユキさん……」  行人の目が翔太をのぞき込んでいた。楽しそうな、切なげな、優しい瞳。翔太はだるい腕を持ち上げて、行人の首に巻き付けた。行人はのどの奥でくつくつと笑って、翔太の腰に腕を回した。そのままの格好で、ふたりはしばらく抱き合っていた。 「ショウちゃん……、あれは、反則だよ」  行人が苦情を言った。翔太はかすれた声で小さく訊いた。 「何がですか?」  行人は抗議するように翔太の腰を揺らした。 「運転中にあんなこと言ったりして」 「……ああ」 「俺をあんまり弄ばないでくれよ」 (弄ぶ?)  翔太は唇を噛んで、そして言った。 「ユキさんは……嫌ですか? ああいうの」  行人はまた翔太の腰を、さっきより強く揺さぶった。 「違うでしょ。嫌だったら今こんなことしてないよ。そうじゃなくて、俺がショウちゃんにあんなセリフ言われて、平気でいられる訳ないってこと」  行人はふざけて翔太の額に自分の額をコンとぶつけた。翔太もくすくす笑って行人の肩に回した腕に力を込めた。  翔太は片腕を行人の首から外して、ゆるゆると行人の身体を下へと撫でた。足の付け根に指を這わせたとき、行人はすっと腰を引いた。 「ユキさん?」  拒否、された?  どうして……?  こんなことは初めてだった。行人は自分の腹の下に触れた翔太の手をつかみ、優しく握った。 「今はいい。あとに取っとく。今夜は俺、ショウちゃんを寝かさないから」  行人は翔太のまぶたの上でチュッと唇を鳴らし、ベッドから出た。 「外はまだ明るいよ。ショウちゃん、夕食の前に、ちょっと外へ出てみようか」
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