7、もうちょっとだけ、夢を見させて-4

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7、もうちょっとだけ、夢を見させて-4

 翔太は風呂場から顔だけ出して行人を呼んだ。 「ユキさん……来て」 「んー」  行人は翔太をバスタブに浸からせて、翔太の髪をシャンプーした。ふんふんと鼻歌を歌いながら、嬉しそうに翔太のお世話をする。翔太はくすぐったい気持ちで、行人のしたいようにさせていた。行人の指が心地よかった。 「ショウちゃん」 「何ですか?」 「俺ね、ショウちゃんのこと、大好き」  翔太の肩がぴくりと震えた。 「感じる? バスルームでこんなこと言われて」  行人は笑いを含んだ声で言った。 「ユキさん……」 「でも、ホントだから」  行人はシャワーの水栓を捻って、翔太の髪の泡を流した。 「って、知ってるか。俺、これまで何度も言ったもんな。さ、いいかな」  行人はシャワーを止めてタオルで翔太の髪を軽く拭いた。 「ユキさん」  翔太は行人の腕を取り、バスタブへ引き入れた。向き合って脚をからめて、キスをした。行人が翔太の耳許で言った。 「広いベッドもいいけど、広いお風呂も悪くないね」 「ユキさん……」  翔太は行人に抱きつき、その背に腕を回した。リゾート効果か、いつもの自分の部屋でより、素直になれる気がした。 「ユキさん」 「何? ショウちゃん」  行人が翔太の耳にささやく。その声も快くて、翔太は正気を保てなくなる。 「俺の身体も好きでいてくれますか?」 「好きだよショウちゃん。可愛くてエロくて大好きだよ」 「じゃあ、……してください」  行人は翔太の耳たぶを甘くかんだ。 「何を? ショウちゃんは俺に何して欲しい?」  翔太は目をつぶって行人の肩に顔を伏せた。 「指……入れて」 「ふふふっ」  行人は嬉しそうに言われた通りにした。 「あ……っ」  身体が熱くなる。翔太はもう湯の中に浸かったままではいられない。明るいバスルームで、行人は翔太をバスタブの縁に浅く腰かけさせた。翔太の腕を自分の首に巻き付けさせて、翔太の身体の深いところを探った。ふたりで過ごした月日が、翔太の感覚を鋭くしていた。翔太は緩み濡れてあふれそうになった。 「ユキさん……来て」  荒い呼吸で翔太は言った。 「お願い……ユキさん……」  行人は身体を安定させられる場所を探した。翔太の上体を壁に凭れかけさせ、片脚を担ぐように持ち上げて翔太の身体を大きく拡げた。翔太はぶるっと震えた。 「ユキさん……」  もうガマンできない。 「ユキさんのを、俺の身体の奥に入れて……!」  行人は慎重に身体を進めた。 「ああっ」  翔太は行人の首に腕を回したまま、大きく叫んで身を反らした。 「ユキさん……ユキさん……っ」  行人は大きく身体を動かして、翔太の最も悦ぶところを深く抉った。動きに合わせて翔太が漏らすあえぎに、行人は嬉しそうに言った。 「ショウちゃん……可愛いよ。そんなに俺のこれが気持ちイイの?」 「あ……んん。気持ち、イイ、です……」 「ショウちゃん……可愛い……スキ」 「ユキさん……ユキさん!」 「ああっ」とひときわ大きな声を上げ、翔太は行人の首にしがみついた。行人の腹に翔太の欲望のしぶきが飛んだ。脱力しそうな翔太の腰をぐっと抱いて、行人は自分の欲望を遂げた。  はあはあと荒い呼吸で、ふたりは壁に凭れたまま唇を重ねた。行人は片手を伸ばしてシャワーの水栓を捻った。雨のように優しい温水が降り注いだ。翔太がようやく目を開けると、行人の長い睫毛に雨滴が溜まり、ぽろと落ちた。 (キレイだ……ユキさん)  翔太は行人の頬に両手でそっと触れた。行人もゆっくり目を開けた。翔太の大好きな瞳がうるんで翔太をじっと見つめてくれる。 「ユキさん……」  ため息交じりに翔太がついその名を漏らすと、行人は翔太の腕を取った。 「出ようか」  バスルームを出ると、行人が翔太の身体をバスタオルで包み込んだ。翔太の全身を拭き、翔太の髪の水分をリズミカルに拭き取った。翔太は黙って立ったまま、行人のするがままに任せた。 「ユキさん……」 「ん? 何、ショウちゃん」 「お水飲みたい」  行人は笑ってうなずいた。 「おいで」  行人に手を取られて部屋へ戻ると、行人は翔太をベッドに座らせ、バスローブを羽織らせた。海外からのインバウンド客が多いのか、ここのホテルには浴衣ではなく、バスローブが備えてあった。共用スペースのドレスコードを日本人客に守らせるには、浴衣を置かないのが効果的かもしれない。 「はいショウちゃん、お水。俺の飲みかけでいい?」 「はい」  翔太は手渡されたペットボトルをこくりと飲んだ。行人が隣に腰かけて、翔太の身体に腕を回した。行人もタオル地のバスローブを肩にかけている。 「浴衣、借りようか? フロントに言えば、貸し出してくれるって書いてある」  翔太は首を振った。行人もふっと笑った。 「ま、そんなもの着てるスキは与えないけど」  行人は翔太の手からペットボトルを受け取った。 「ショウちゃん、ボーッとしてるね。疲れたの?」  翔太は正直に言おうかどうしようか、また迷った。胸の中の甘い気分に押されて、口が開いた。 「身体の奥が痺れてて、どうしようにも止められない」 「ショウちゃん……」  翔太は行人の胸に倒れ込んだ。 「ユキさん、俺、おかしくなったのかも」  行人はゆっくり翔太の身体を手のひらで撫でた。翔太はびくりと身を震わせた。 「……欲しいの?」 「ユキさん……!」  翔太は行人のバスローブにしがみついて顔を埋めた。 「カワイイ……ショウちゃん。今したばっかりなのに、俺のこと欲しくて、ガマンできないんだ」 「ユキさん……」 「じゃあ、もっと可愛いカッコして、俺のこと誘ってみて」  翔太は泣きそうになった。胸の動悸が苦しくて、息ができない。 「今日はいっぱい抱いて欲しかったんでしょ? いいよ。だからショウちゃん、そう言って」 「あ……あ……ユキさんっ」  翔太は目を伏せ、バスローブの前を開いた。左右の太腿を少し開いて、唇をかんだ。 「ユキさん……お願い、もう一回して」 「……カワイイ!!」  行人は震える翔太を猛然と押し倒した。 「ショウちゃん、今の、サイコーにエロかった……!」  行人の理性を吹き飛ばすことに成功した。翔太は、もっと、自信を持っていいのかもしれない。  快楽に溺れるとはこういう状態を言うのだろうか。翔太は行人の身体の下で、声の限りに叫ばされながら、薄れる意識の中でそう思った。  ならそれは、この上なく幸せなことだ。  広いベッドでいつしか翔太は眠りに落ちていたようだ。 「ん……」  まどろみの中、翔太は行人の体温を探った。腕を伸ばしてもあるべき温度が手に触れない。翔太はハッと身を起こした。 「ユキさん……?」  ベッドに行人はいなかった。部屋の中を見回しても行人の姿はない。風呂場ものぞいてみたが、行人はいなかった。  翔太はベランダへ出て、外を見下ろした。  プールの脇を人影が歩いて、ビーチへ向かっていた。カーディガンに薄い色のパンツ。翔太の目にそれは行人のように見えた。  翔太は急いで衣服を身につけ、スニーカーのかかとを踏みつけて部屋を出た。  月明かりが敷地を照らしていた。昼に見たのと同じ景色が裏返されて、異世界に堕ちたようだった。プール脇を抜け砂地へ出た。もどかしさに翔太はスニーカーを脱ぎ捨てた。  波打ち際に行人が立って、海を見ていた。 「ユキさん……!」  ようやく翔太が追いつくと、行人がゆっくりと振り向いた。 「お、どした。怖い夢でも見たか」  翔太は行人の肩に額をつけ、微かにうなずいた。怖い夢と行人は言った。夜半に傍らの行人が見えなくなるなんて、こんな怖ろしい夢はない。 「よしよし。もう大丈夫だ」  行人は翔太の頭を撫でた。翔太はひくっと息を吸った。行人は慌てたように翔太の肩を抱いて言った。 「ごめん。こめんな。俺がそばについてなくて。ひとりで怖い思いをしたんだな」  行人はおかしいほどに翔太を子供扱いした。翔太の心も子供のように、柔らかいところが剥き出しになっていた。 「俺を置いていかないで」  行人は翔太の背中を落ち着かせるように数度撫でた。 「俺をひとりにしないで……!」  翔太は行人のカーディガンを握りしめた。ぽろりと涙がこぼれるのを感じた。 「悪かったな。部屋に戻ろう。もう遅い」  行人は翔太の脱ぎ捨てたスニーカーを拾った。翔太がとぼとぼと歩いて追いつくのを待ち、翔太の頭をポンポンと軽く叩いた。翔太は行人の肩に頭を寄りかからせて、ゆっくりと一緒に歩いた。行人は翔太の手を握り、部屋まで何度か「ごめんな」と繰り返した。  水族館。地元のひとお勧めのソーキそば。海中展望塔。万座毛の景勝。海中道路。那覇市内の観光スポットは最終日レンタカーを返してから楽しむことにして、それ以外を二日間でのんびり回った。  観光地巡りは早めに切り上げて、午後をプールで楽しむのもよかった。部屋に果物の飾られた飲みものを届けさせ、ベランダでふたりで飲む……なんてのもやってみた。貧乏暮らしの染みついた翔太には、ドキドキするほどの豪遊だった。  そよそよと心地よい風に吹かれ、ベランダで本を読んでいた行人が、思いついたように顔を上げた。 「ショウちゃん、俺おごるからさ。明日の朝食、部屋で食わない?」  ゆったりとした籐椅子の上で膝を抱え、同じく本を読んでいた翔太は、膝から本を降ろして言った。 「別におごらなくても割り勘でいいですけど、どうしたんですか?」 「最終日だし。ふたりでいたくない?」  ドキッとした。翔太の好きな行人の瞳がこちらを見ている。 「……そうですね」  照れくさくて目を伏せた翔太の手を、行人がそっと取って指にキスをした。 (ユキさん……)  翔太はキュッと目を閉じた。  もう、幸せ過ぎて、おかしくなりそうだ。    翌朝七時きっかりに部屋へ届けられた朝食に、翔太は「わあー」と歓声を上げた。英国式と大陸式の中間くらいの朝食は、温かい肉の添えられた卵料理と野菜・果物。コーヒーはたっぷり銀のポットでついてきた。 「はい、ショウちゃん、コーヒー」  行人がお給仕してカップを手渡してくれた。 「ありがとうございます」  翔太はちょっと頭を下げて受け取った。 「ショウちゃん、トーストにはバター? ジャム? はちみつもあるよ」  行人はかいがいしく世話を焼く。こういうときは、恐縮しないで、やってもらった方が行人は喜ぶ。翔太は学習した。素直に翔太は希望を言った。 「あ、俺、バターの上にジャムがいいです」 「了解」  行人は嬉しそうに翔太のリクエスト通りのものを塗り、サクッと軽い音を立ててトーストを割った。 「はい」  行人は翔太が口を開けるのを待った。翔太は一瞬固まったが、勇気を出して口を開けた。行人が嬉しそうに翔太の口にトーストを運んだ。 (そっかー。ユキさん、これがやりたかったのか)  確かにこれは、公衆の面前ではできない。好きなものを好きな量だけ食べられる朝食ビュッフェは心やすいが、行人の願うイチャイチャしながらの食事はできない。  翔太がもぐもぐしているのを見ながら、行人はにこにことコーヒーを飲んだ。 「ユキさんこそ、食べないんですか?」 「食べるよ」  開け放ったベランダから、朝の風が流れ込む。温かな海の香りがする。  夢のような四日間だった。 「今夜、飛行機降りたら、冬ですね」  翔太はぼんやりとそう言った。 「ショウちゃん、もうちょっとだけ、夢見させておいてくれない?」  行人はそう言って苦笑した。
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