3、上司、社長に説教する!? -1

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3、上司、社長に説教する!? -1

 企画課から、販促物の原案が届いた。 「Pro'sキッチン」既存品ラインナップの説明パンフと注文書。テーブルでの提供例がいくつか載った提案書。お店のメニューにコピーして使ってもらうメニュー原案。翔太たち営業や卸が現場で「この製品でこれだけ売上が取れます!」と提案するためのツールたちだ。  翔太と原田、内海は、自分たちの島の机にそれらを拡げ、ひとつひとつ検討していた。  翔太はチラリと係長席の行人を見た。行人ならこれらを見て、 「ウチの会社も、ようやくモノを売る準備ができてきたな」 くらい辛辣なことを言い放つに決まってる。  翔太は、先日行人と仕上げた自分の営業方針とスケジュールから、メニュー原案はもう少し種類を増やした方がいいと考えた。ファミリー居酒屋、カジュアルレストラン、ラウンジ、そこそこでお客への見せ方も変われば、売れる商品も変わる。何パターンか作っておいて、現場で配るときに選べばいいのだ。原田と内海は、ホテルなど大手との取引の多い秋津物産担当なので、提供例の画像はもっとゴージャスな雰囲気のものが欲しいようだ。  原田が悔しそうに小声で言った。 「普通はコレが上がってきてから作戦会議なのに、やっぱアイツすげえな」  アイツとは、彼らの上司である行人のこと。販促物ありきで営業提案をすれば手間は省けるが、営業先にマッチしたものが上がってくるとは限らない。予め営業方針を決めておけば、逆に営業サイドから「売るための販促物をこう作ってくれ」と要望できる。販売力が弱点の地方食品メーカーが、買ってもらえる会社になるために必要なステップが、行人には分かっているのだった。  要望をまとめたら、係長経由で企画課へフィードバックだ。  原田、翔太、内海の三人は係長席の前に並んだ。原田が、 「お前行けよ」 と翔太を肘で押した。  翔太は息を吸い込んで、自分たちの出し合った要望を説明した。 「……ということで、売れ筋から『牡蠣のアヒージョ』、『野菜タップリのミネストローネ』、高単価シリーズから『牛肉のブルゴーニュ風』を拡売のキー商品として、提供例画像やメニュー原案は、もう少し単価が高い感じが伝わるようなビジュアルのものを追加で作って欲しいです。係長から企画課へそのようにお伝えいただきたいと」  行人は販促物の原案に目を落としたまま、厳しく追及した。 「『牛肉のブルゴーニュ風』を拡売のキー商品に選定する理由は?」  翔太は口ごもりながらも出た意見に分析を加えて伝えた。 「え、えーっと……通常単価シリーズで『豚肩ロースとレンズ豆の煮込み』が高評価なので、これまで専門店に行かないと味わえなかったようなメニューは、グルメな30代女性に売れるのではないかと……。30代女性の顧客化は、翌年のお店の売上げにつながりますし」 「『もう少し単価が高い感じが伝わるようなビジュアルのものを追加で』作ると随分経費が余計にかかるが、それを作ることでどれだけ売上を上げる積もりだ?」  行人は容赦ない。翔太は口ごもった。 「ああ、ええと……それはですね……」  要は「いくら売ってくるか」という生々しい話だ。小さな数字を挙げれば経費倒れだと速攻却下されるし、大きすぎる数字を言うとそれを追いかけるのがあとでキツイ。翔太が言いよどんでいると、隣の原田がスッと引き取った。 「クリスマス限定メニューや忘年会グルメプランなどで、これまで『Pro'sキッチン』の導入を迷っていた店舗の三割が採用、既存の導入店に『牛肉のブルゴーニュ風』『サーモンのパイ包み焼き』などの高単価シリーズで二割の売上UPと概算しますと、大体このくらいかと」  原田は電卓を叩いて、眉ひとつ動かさずに言い切った。もちろん数字に根拠はない。翔太は心の中で舌を巻いた。この押しの強さとハッタリは、原田の真骨頂だ。  行人は原田の呈示した電卓を面白くなさそうにチラと見た。  怖いもの知らずの内海が笑顔で言った。 「メニュー原案は、ペーパーを渡して終わりじゃなく、加工できるデータでも欲しいです。個店に配れば採用率が上がるかも」  行人はうなずいた。販促物の案数枚を重ねてトントンとまとめ、立ち上がった。 「じゃ、行ってくる」  明るいグレーのスーツを着た行人の背中に、内海が明るく「お願いしまーす」と声援を送った。行人は歩きながら、 「時間かかるかもしれないんで、俺が戻らなかったら日報出して時間で上がって」 と言い残して廊下へ消えた。  翔太は自宅へ帰る地下鉄に揺られていた。軽く冷房が入っているのが心地よい。  ポケットでスマホが震えた。行人からLINEだ。 『今やっと終わったよー』  翔太は『お疲れさまです。腹減りました』と打ち返した。 『俺もー!! ショウちゃん、何食べたい?』 『肉』 『何だよそれ。分かった。肉な。材料買っていくわ』  翔太はちょっと考えて返事を打った。 『じゃ、俺、みそ汁作って待ってます』  何秒も間が空いた後、うさぎが飛び跳ねているスタンプ、転げ回っているスタンプが続けて届いた。 『何ソレ! 超カワイイー!! カワイすぎて死ぬ』  翔太はスマホを握ってひとり苦笑した。どうやらみそ汁はヒットだったようだ。  台所で鍋にみそを溶いていると、玄関のカギがガチャリと回った。 「お疲れさまでーす」  菜箸を持ったまま翔太はそちらへ声をかけた。 「おお。買ってきたよー、肉」  行人は提げてきた買いもの袋を持ち上げて見せた。行人が台所に中身を空けていくと、豚ロースが出てきた。 「えー、こんな高いの!」  翔太の金銭感覚だと高級品で、普段使いの肉ではない。 「いーんだよ。てか、普通だろ」  行人はネクタイを緩めながらそう言った。 「今日のメニューは何ですか?」  翔太はみそ汁の火加減を調節し、ひと煮立ちを確認して火を止めた。 「ユキさん特製、豚肉の生姜焼き!」  翔太はやったーと声を上げた。行人はエプロンをつけてYシャツの袖をまくり上げた。 「じゃ、俺キャベツの千切りやります」  翔太は台所に並べられた食材からキャベツを手に取った。 「指まで刻むなよ」  行人がからかった。 「刻みませんよ。スライサー使うもん」 「はいはい、どうぞ」  翔太は道具をテーブルに並べ、シャコシャコとキャベツを千切りにした。翔太の部屋の台所は、ふたりが同時に作業するには狭すぎる。  行人は手早く下ごしらえを済ませ、絶妙の火加減で豚肉を焼き上げた。 「いただきまーす!」  ふたり並んで夕食だ。労働の後の肉はうまい。翔太は行人の作った生姜焼きをパクパク口に放り込む合間に訊いた。 「そうだ。企画課、どうでした?」 「ん?」 「さっきの。年末対策の販促物の件」 「ああ。通したよ」  行人はこともなげに言い切った。 「さすがに『高級感あふれるビジュアル』はどのくらい実現するか分からないけどな」  そう付け加えて、行人はみそ汁をすすった。翔太はため息をついた。 「いつもながら、すごいですね、ユキさんは」 「何が?」 「何がって、仕事がですよ。今俺ら仕事の話してましたやん」 「そう?」  行人はどこ吹く風だ。  厳しくいろいろ追求されるが、納得のいく説明ができさえすれば、上司として完璧にサポートしてくれる。仕事の面で、行人は翔太の憧れだ。こんな風に業務を進められたらいいのにと日々思っている。 「何だよ」  ポーとしている翔太の脇を行人は肘でつついた。 「冷めるぞ。早く食えよ」  翔太は我に返った。 「あ、はい。いただきます」  そして料理もうまい。 (このひとに、できないことは、あるんだろうか)  就職して行人の下で働くようになって二年と三ヶ月、付き合ってから丸二年。行人が苦手なこと、できないことは見つからない。 (でも、弱点のない人間なんて、いないよな)  翔太たちには見せないところで、泥臭く努力したりしているのだろうか。翔太は有能でカッコいい上司である行人に憧れているが、一方で、自分の前ではもっとくつろいで、ダメなところも見せて欲しいとも感じる。弱点をさらけだせるくらいの関係に、自分たちはまだなれていないだろうか。  翔太は、自分がもっと大人にならなければと思った。  有能な行人を、安心してくつろがせることのできる、広い心を持った大人の男に。 (単純に、日常身の回りで起こることで、できないことがないだけかもしれないけどね)  食べ終えて、翔太が淹れた茶を飲んだら、行人はサクッと立ち上がり食器を下げ始めた。 「俺洗っとくから、ショウちゃん風呂入ってなよ」  行人は翔太のように洗いものを溜めたりしない。きっと自宅もキレイにしているのだろう。翔太は素直に従った。  翔太が風呂から上がると、行人は読んでいた本を置いて、 「俺もシャワー借りていい?」 とやってきた。勝手知ったるなんとやらだ。翔太は風呂場前のスペースを空け、行人にタオルを放って渡した。  行人の使うシャワー音が聞こえた。水音は翔太の胸を熱く弾ませる。これが毎日のルーティンになったらいいのに。同じ家に帰り、一緒に飯を食い、ひとつのベッドで眠る。それが、特別のことでなく、日々の生活になったらどんなだろう。  翔太は行人の脱いでいったYシャツを手に取った。パリッと糊のかかったYシャツは、夏に一日着ていてもまだ形を保っている。どんなこだわりなのか、行人はスーツの中には白しか着ない。色シャツはくだけたものをプライベートで身につけるのみだ。  行人は翔太より少し背が高い。手足がすらっと長くて、多分八頭身くらい。翔太は手も足も短めで、純日本風の体つきだ。行人の身体にピッタリ合わせたシャツなら、多分袖も丈も自分には長いだろう。 「ショウちゃん!? 何してるの」 「はっ!?」  シャワーを使い終わった行人がプルプル震えている。翔太は自分が行人のシャツを羽織っていたことに気付いた。 「いや、あの、これはっ」 「カワイイー!! 袖から手の甲だけしか出てない! 肩幅も丈も大きくて、彼氏のシャツを着てみましたって感じ!」  行人は驚喜している。翔太は真っ赤になって首を振った。 「べ、別に大した意味はなくて、ただその……」 「何だよそれ! 可愛すぎるよ」  行人は濡れた身体のまま、自分のシャツを羽織った翔太の肩に腕を回した。 「素肌に俺のシャツ一枚なんて。誘ってるの? どんな計算?」  そう耳に吹き込まれて、翔太は恥ずかしさでいたたまれなくなる。 「ご、ごめんなさいユキさん。俺……」 「それが計算じゃなくて天然なんて。ホント、ズルいよショウちゃんは」  行人は翔太の耳を甘くかんだ。 「んっ……」 「頭おかしくなりそうだ」  声に凶暴さが混じり、行人は乱暴に翔太の首筋に歯を立てた。翔太の控えめな抵抗を無視し、かみつくように荒っぽいキスを首に肩に降らせながら、行人は翔太の身体を抱えて狭い部屋を横切った。 「ユキさん……」  ふたりで奥の部屋のベッドに倒れ込むと、行人は翔太の肩から自分の白いYシャツを剥ぎ取った。 「ショウちゃん、俺、ホントに頭おかしいよ。ショウちゃんが何をしても、何を言っても、可愛くて可愛くて、全身の血が沸騰する」 「ユキさん……」 「ギュウギュウに抱きしめて、食べちゃいそうに噛みついて、ショウちゃんのこといじめたくなる。ショウちゃんが嫌がっても泣いても、きっと止められない。どうしよう……こんなじゃ俺、いつかショウちゃんに嫌われちゃうよ」  そう言って、行人は泣きそうな顔で翔太にしがみついた。  翔太はふっと笑って、しがみついてくる行人の濡れた髪を指で梳いた。 「大丈夫ですよ、ユキさん。俺、嫌がりも泣きもしませんから」 「ショウちゃん……」 「だから安心して、俺のこといじめてください。ユキさんのしたいように、して……」  翔太の言葉が、行人の最後の理性、そのカケラを吹き飛ばした。行人は翔太の身体にしたいことをしたいだけして、翔太はその感覚に溺れ、意識を失った。    もそもそと行人はベッドから出ようとした。 「んー……、どうしたんですか? ユキさん」  眠そうな声で翔太は尋ねた。 「そろそろ俺、帰るわ」  行人は答えた。 「泊まってってくださいよ」  翔太は言った。 「明日早いから。スーツの替え、持ってきてないし」 「俺のスーツ着ていけばいいじゃないですか。貸しますよ。ユキさんカッコいいから、俺のスーツ着ても、誰もいつも俺が着てるヤツだなんて気付きませんよ」  行人は甘い声で笑った。 「それはないだろ。てか、ショウちゃんのスーツ、俺が着たら足首出るし」  翔太は軽く行人の背中を膝で蹴った。行人は嬉しそうにまた笑った。  翔太はベッドに腹ばいに寝そべって呟いた。 「なーんだ……。明日の朝、ライトなヤツもう一回できると思ったのに」  口をとがらしている翔太の背中に行人は勢いよく抱きついた。 「カワイイー!! この性欲モンスターめ! 殺す気か。カワイすぎだろ」  ふたりは笑いながら抱き合ってキスをして、それからゆっくりと眠りに落ちた。
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