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01 雫
無機質な空間、そこには消毒液の匂いが漂っている。医師は咳払いをした。正田夫妻は顔を上げようとしない。
医師は真っ直ぐに夫妻を見つめた。克典はオズオズと顔を上げる一方、妻の実里は俯いたまま肩を震わせている。
「非常に、辛いことですが──雫さんに遺された時間は、二ヶ月です」
実里は目から大粒の滴を溢れ、克典は険しい眼差しで医師を見つめた。
二人の娘、雫は十五年という短い人生に幕を下ろそうとしている。三ヶ月前、「持って半年」と言われていたが、それよりも早く去ろうとしていた。十一の時見つかったガンは雫を蝕み、命を散らそうとしている。雫は朝露が夕暮れには消えるように二人の前から居なくなろうとしていた。
二千五百年──人類は未だ、完全に病に打つ勝つことは難しかった。
夫妻は黙って部屋を出て行き、娘の病室にも戻らず外へ出て行った。娘の顔を見るのが辛かった。入り口付近にあるベンチに力なく身体を預ける。ヒューと冷たい風が二人を吹き付けた。
実里が涙まじりの声で呟いた。
「……私の命なんて要らないから、雫を生かしたい。雫……こんな身体に産んでごめん……雫……」
「……お母さんは悪くないだろ。でも……俺の命も要らない。雫さえ、生きてくれれば……」
二人は揃ってため息をついた。
頭上に浮かぶ空は二人の心を写しとったように暗い。
「突然、失礼致しましす」
いきなり声をかけられ、二人は目を見開いた。見知らぬ男性が立っている。黒縁メガネを掛け、いかにもインテリといった雰囲気だ。しかし、真っ黒なスーツを身に包む一方、真っ青なネクタイが不釣り合いだった。
「はい……?」
克典は訝しげな声を上げた。
「私、ライフジャパンの田中と申します」
「はぁ……」
ライフジャパン、と言う名称に聞き覚えを感じつつ、克典はうなずいた。
「お二人に提案がございまして、少し、ここでは話し辛いので場所を変えましょう。あそこの裏庭に行きませんか?」
「はぁ……」
一体なんのようだろう、と二人は首を傾げつつ、怪しげな男について行った。
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