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「すみまない。話があるのだが」
俺は声をかけた。
男はこちらを睨んだ。
「何だ、お前」
やや呂律がまわっていない。
「去年、俺の幼なじみの親父さんが団子屋の前で男に突き飛ばされて死んだんだ。何か知らないかい」
「何屋だか知らねえけど、俺には関係ないね」
男は家に入ろうとした。俺は慌てた。
「あんたを見たって人がいるんだ」
男は鬱陶しそうにため息をついた。
「知らねえって言っているだろ」
「よく思い出してくれ。これが死んだ親父さんの顔だ」
俺は絵描きに描かせていた紙を見せた。
男はそれを見るとややあって合点が言ったかのように頷いた。
「ああ、その男の顔なら、見覚えがあるぞ」
「本当か」
「俺とぶつかり、高価な着物に茶をかけてきてな。それで覚えている。俺はそいつの肩を軽く突いたんだ」
そう言って男は再現するかのように右手を相撲のつっぱりのように押した。
「確か、近くの石に頭をぶつけていたな。その後は知らねえが……。もういいか? せっかくの酔いが悪くなる」
そう言って男は今度こそ家に戻って行った。
お前か。
お前が菊江の親の仇、苦界に沈めた張本人。
香月音矢。
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