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客、音矢の場合
「菊香、俺はお前に心底惚れた。俺と共に生きてほしい」
日中の、蝉の騒がしさを逃れた、シンと静かな夜。
俺は静かに菊香に告げた。
淡い月明かりに照らされた菊香の顔は、最初はポカンと。そしてうつむき瞳が潤み出した。
俺は菊香の肩を抱いた。
「俺の親父には説得済みだ。金を借りられる所はないかと親戚中、江戸中を駆け回った。もう、苦界に居なくていいんだ。明日には楼主(見世の店主)に身請けの話をつけたいと思う」
「……音矢様」
震える声の、菊香の背中を優しく撫でた。
「お前を妾ではなく女房に迎えたい。大丈夫、必ず幸せにする」
菊香は、はらはらと泣いた。
俺たちは並んで布団に入った。
俺はそっと菊香の髪を撫でた。
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