「二」

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「二」

――なにもございませんが、どうぞ体をおやすめ下さい。 言うのは、おそらくここの(あるじ)、まだ年若い僧である。 寺に使える者かと思ったが、どうも、他に人はいないようで、すなわち、一人、ここを守っている身なのだろう。 そう広くはない敷地の正面には、太柱に支えられる本殿があった。 基壇に乗る建物が発する重層感は、信仰心など持ち合わせない男ですら、自然、背筋が伸びるほどである。 さて、その脇の馬屋と見まがう質素な(いおり)が、僧の住居となっているらしく、男は、その奥の間で勧められるまま火鉢にあたっていた。 「冷え込みますな。これは、雪になるかもしれません」 僧は、言って立ち上がると、仕切り戸を開け裏方へ姿を消した。 まるで女のような、華奢な僧の後ろ姿を見送って、男は火鉢に手を添える。 やけに冷えた。 侘びた(へや)のせいかもしれない。 人の住家(すみか)であって、そうでない。 あるべきはずの温もりを感じないのは、ここが修行の場だからであろう。 すっと、静かに戸が開き、僧が茶碗を持って戻ってきた。 「酒でもおだしできれば良いのですが、なにぶん、修行の身ゆえ」 やけに落ち着いた詫びる声に、男は、思わず、いずまいを正して、差し出された茶碗を受けとった。 手の中に暖かな感触がある。 白湯だろうと思い、口に運ぼうとした瞬間、ほのかな芽吹きの香りをつかまえた。 「……茶、ですか?!」 貴人でもない限り、茶を扱うことはない。 時に、気を沈める特効薬として、宮殿に献上される高級品でもあるからだ。 事実、男は生まれてこのかた、茶など口にしたことがなく、この贅沢品を、どうあつかうべきか困りきった。
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