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「ああ、どうぞご遠慮なく」
僧は、さらりと勧めてくる。茶など、たいしたものではないと、扱いなれた感じがした。
案外、この寺は由緒ある、名刹と呼ばれている所かもしれない。だから、高価な茶などを持ち合わせているのか……。
そういえば、貴族の子息が、世をはかなんで、出家するという話をよく聞が、それか?
僧の華奢な体付きも、色白の面長な顔も、そうならば、説明がつく。
「さあ……どうぞ、どうぞ」
とにかく、こう強いられては、実に居心地が悪い。
男は、覚悟を決めて、ぐいと茶を飲み干した。
喉に暖かな感触が流れ、口腔から鼻腔へ、新芽の香りが広がっていく。
ごくりと喉を鳴らし、男は初めての茶を嗜んだ。
思いのほか、苦い。まるで、渋柿をかじったかのような後味が、口に残った。
「ああ、白湯と違って茶は渋いでしょう。ですが、疲れがとれますから……」
歪んだ男の顔に、すべてを悟っているかのような言葉を返して、僧は微笑んだ。
「あっ、いや、その……」
男は、頭を掻き、小さくなった。もてなしを受けておきながら、これは、ばつが悪い。
「誰でも茶は渋いと感じるのですよ。私どもは、瞑想中におきる眠気を避けるため、嗜むのですから」
修行中、居眠りをしないため口にするのだと、僧は茶の渋さを説く。
と言う事は、やはり。
茶が軽々と手に入る、徳のある高僧という事か。
男は、場違いさに押されて、さらに小さくなった。
「おぉ、お寒うございますか?」
身を縮める姿が、寒さに震えていると写ったらしく、僧は炭を持ってくると言って、裏方へ向かった。
籠に炭を盛って、僧は現れたが、やおら、炭を男に預けると執拗に戸締まりを始めた。
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