「二」

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「あの、それであの方は?」 男は遠慮がちに尋ねた。 「あの者は、初雪の伝承を信じているのです」 「それじゃ……」 「まさか、私は修行の身。女人と関わる事などできませぬ。どうやら、先方の思い込みが強いようで……」 「じゃあ、勝手に押しかけてくるのですか?」 奇異な事情に、男はほぉと、驚きの声をあげた。 女に慕われているという、男冥利に尽きる話であるが、世俗に染まってはならない立場の僧にしてみれば、迷惑千万といったところか。 しかし、女が、見知らぬ男を追いかける事などないだろう。 それなり、身に覚えがあるのでは? いっさいの関わりがないなら、このように怯えなくとも。 「……どうやら、誰でも良いようで、何を思ったか、私……なのです」 言って、僧は忌々しげに、火掻き棒を火鉢の灰に突き刺した。 ふと現れた僧の荒々しさに男は、ぎょっとした。 それ程まで、毛嫌いするとは。なぜなのだろう。なにか解せない。 「すみません。少しばかり、わからないのですが……」 好奇心に負けて、男は、恐る恐る問うてみる。 「はぁ、どうやら、心を患っているようで。私と誰かを、想い違っているのでしょうか。律義に、毎年、訪ねてこられる」 「なんと!」 それは、手に余る。 男は、僧の困惑する理由を知り、息を飲んだ。 相手が病んでいる以上、居留守を通すのが一番なのか。割り切るしかない僧の胸の内に、男は同情した。 「……しばらくすれば、あきらめるでしょう。そうだ、茶をもう一杯……。気分直しに、お入れしましょう」 どこか歯がゆさそうに顔を歪め、僧は立ち上がる。 「……庵主様(あるじさま)……」 泣いているのだろう。外から、女のかすれた声がする。 僧は、びくりと肩を揺らし、だが、何事もないかのように、裏方へと消えた。
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