「三」

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「三」

だんっ、と、大きく扉を叩く音の後、女のすすり泣きが続く。 そして、こつり、こつり、と、どこかおぼつかない沓音(くつおと)が。 あきらめたのだろう。 誰もいないと、想い人はいないのだと、女は肩を落とし、寒さに震え、帰路についているに違いない。 扉という隔たりがあるにもかかわらず、落胆した女の後ろ姿が男にはしっかり見えた。 いったい、どのような女なのだろうか。 思う通りの、美しい娘なのかもしれない――。 たまらなくなり、男は、腰をあげた。 なに、相手はもう帰っているのだ。一目、それも、後ろ姿ぐらいなら、伺い見ても罰はあたらないだろう。 僧には、女が帰ったかどうか確かめていたと言っておけば良い。 ところが、足をとられ、転がった。 いずまいを正して座っていたからか、なにやら、足がしびれて、うまく歩けない。 どうした事だろう。峠を超えたり、()いて歩いたりした、そのせいか。 ふと、歳を感じつつ、起き上がり、やけにしびれる足を引きずりながら、男は、よたよたと扉へ向かった。 (かんぬき)をはずし、そっと扉を開けてみる。 ひゅうと、冷えた風が吹き込んできて、はらはらと、男の鼻先で粉雪が舞い散った。 外は思いのほか、雪が降っている。 男は、寒さに身を縮めた。 足が、がくがく震えた。冷えのせいかと思ったが、違う。 震えているのではない。 しびれだ――。 力が入らない異変に気がついたとたん、男は腰が抜け、地べたに崩れこんだ。 入口の扉にすがりつくが、立ち上がる事ができない。 じたばたと、手足を動かし、体を起こそうと試みる。が、その動きすらままならなかった。 「やれやれ、やっと効いたようですな」 頭上から、穏やかな僧の声が流れてきた。
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