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異変を訴えようと、男は顔を上げた。
言葉を発しようと口を開けるが、たらりと口角から唾液が流れ落ちるだけである。
「しびれ薬です。茶は、あそこまで苦くはないのですよ」
「なっ?!」
自分が飲んだものが、茶でなかった事に、男は愕然とした。
なぜ、僧は、しびれ薬などを――。
僧は笑みを浮かべ、視線を外へ向けた。
女だ。
女がいる。
艶やかな黒髪に、幾本か銀のかんざしを挿し、ちらりと見える細いうなじの辺りでは、紅玉の耳飾りが揺れていた。
薄絹の裳を重ね着た体は、柳の枝のようにしなやかである。
後ろ姿は、その美しさを十分に語っていた。
女が、ぴたりと足を止めた。
「ああ、見つかった」
どこか乾いた僧の口振りに、男は言いしれない恐怖にかられた。
いったいこれは、何なのだ。何に巻き込まれてしまったのだ。
「あれに、喰われてやってもらえませぬか。男の血肉が欲しいと、彷徨っているのです」
僧は、どこか他人事のように言う。
男は、焦った。この場から逃れようと、動かない体を引きずるように、地面を転がった。
だが、もがいても、もがいても、起き上がることができない。それどころか、体にしびれが蔓延して行くような気がした。
「誰かを想って、成仏しきれなかったのでしょう。毎年、毎年、見参されては……。私も困っているのです」
僧は、足下に転がる男など気にもとめず、淡々と事のあらましを語り切る。
「ああ、薬が良く効いておられる。それなら、痛みは感じませんな。それとも、もう一杯、お飲みになられておきますか?」
言って、僧はにこりとほほ笑むと、茶碗を男に差し出した。
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