あなたのためには嘘つきの

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あなたのためには嘘つきの

 あなたのため、っていいながらBちゃんはいつも私の持ち物、他のお友達、お仕事、それから彼氏までぜんぶぜんぶ奪っていく。  私が泣いても喚いても、理由はいつもたったひとつ。  繰り返して繰り返して、周りはみんな、Bちゃんを信じて、すっかり私は悪者扱い。最低、そんなの納得できないって、思っていても言葉に出せなかった。  だって、Bちゃんのせいで誰も私のこと、信じてくれないんだもん。  自分で言っているから、染み付いているでしょ?  あなたのため、あなたのためって。  あなたにはもったいないから、もっといいものを買いなよ。  あなたには不釣り合いだから、付き合わないほうがいいわ。  あなたが苦労しないために、私が探っておいてあげる。  そんな顔しないでよ、心配しないでよ。  あなたのためなんだから、私たち仲良しでしょ。  幼馴染で、ずうっと一緒にいたんだから。  誰よりもわかっている、そのはずでしょ。  優しい笑顔で、嬉しそうに言ってたね。  ずっと、ずっと。  父さんも母さんも、いい子だねって、すっかり信じ切ってた。  Bちゃんがうちの子ならよかった、なんてふたりで話していたこともあったわ。子どもの頃だけど。  でもね、Bちゃん。  私ね、ちゃんと知ってるよ。  すっかり信じ切っていて、馬鹿な奴、本当頭が弱いよねって、私のこと馬鹿にして、笑って、職場で話していたこと。  仕事の間違いを大っぴらに言いふらして、私がマイナスイメージを持たれるように仕向けて、ついでに自分は仕事ができるアピールもちゃっかりして、みんなを信じ込ませようとしていたことも。  同じ会社だけど、フロアが違うからバレないだろう、うまく行くだろうって思ったんでしょ?  油断しちゃったね、Bちゃん。  そういう話って、どこから流れてくるかわからないんだよ?  Bちゃんがいちばん、よく知っていることなのに。    ねえ、Bちゃん。  目に涙をためて、お願い許してって顔しているけれど、今度だけは無理よ。    私が娘をネグレクトしているなんて噂、どうして流したの?  夜泣きがひどいし、疑われるのは仕方ないとしても、まるで私が放置したかのように言うなんてひどいじゃない。嘘にもほどがあるわ。    やましいことなんか、何もしていない。  むしろ、胸を張って言える。  私ね、防犯用にカメラを取り付けたの。  夜泣きした娘を抱いて、家のまわりをぐるぐる歩き回らなくちゃいけないし、世の中にはいろんな人がいるでしょう?  ダミーなんかじゃないわ、本物よ。    だから、Bちゃんもちゃんとうつってた。  相談しなくてごめんね、私のためになること、アドバイスしてくれてたのに。勝手なことしちゃった。    毎晩、家のまわりでスマホを持って、立ったりしゃがんだり、なにをしていたの?  ネグレクトだって噂、広げるために証拠を集めてたんでしょ。  あいにくだけれど、そんな証拠どこにもないよ。    ねえ、娘を私にかえして。  いるんでしょう、あなたの部屋に。  次はBちゃんが、私のかわりにお母さんになって「あげる」つもりなんでしょ?    私には子育ては難しいだろうから、取り返しがつかないことになったら、あの子が傷つくから。  あの子のために、私が子育てを請け負って「あげる」んだって、自分がさも女神のように優しい人間だって、周りに思わせたかったんでしょ。    どうしたの?Bちゃん。  いつもの饒舌ぶりは、どこへいったの?    聞かせてよ、いつものせりふ。  あなたのために、してあげているのよって。    勝ち誇った顔で、見下してみてよ。    それぐらいにしなよ、と夫が口を挟んだ。 「申し訳ないけれど、君に乗り換えるつもりはないし、付き合い方も考え直すつもりだ。僕に向かって、妻が浮気しているみたいですってこっそり耳打ちして、なぜホテルのラウンジで待ち合わせるんだ?それに君が見せてくれた写真、あれは僕の甥で、娘によく会いに来てくれるんだよ。つまり兄の子供ってわけだ。私ならこんな裏切るようなことしないからって、手を握ろうとするからびっくりしたよ」  隠していてごめん、と夫は私に詫びて「じゃ、警察に電話するね」とスマホを持った。    Bちゃんは震えた声で、ぼそりとつぶやいた。   「嘘つき」  鏡には、憎々しげに私を見上げる横顔がうつっている。
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