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ベッドのすぐ脇の、立方体の水槽に、ゆらりと銀色の影が現れる。
腹を空かせた熱帯魚が、立派な尾鰭を揺らしながら、「飯はまだか」と私に催促している。
じとっとこちらを見つめる無感情な目には、主人への哀れみなど微塵もない。
悪夢にうなされていようと、彼にとってはどうでもいいのだ。
そういうところが、私をひどく安心させる。
私が悶え苦しんでも、この同居人は眉ひとつ(眉どころか表情筋の一つもないのである)動かしはしない。
哀れみに高過ぎるプライドを傷つけられることもなく、またそんなプライドがあったことすら忘れさせてくれる。
ゆらゆらと飯の催促を繰り返すこいつを見ているうち、次第に汗は引き、気づけばベッドから足を下ろしていた。
水槽の下の引き出しから餌袋を取り出して、3粒取り出す。
「おはよう、ミスズ」
水槽上部のガラス板を外し、粒をひとつ、水面に落とす。
熱帯魚のミスズはピラニアのような素早さでもって、水面の餌に食らいついた。
不満そうにボリボリと豪快な咀嚼音を立てながら、「次をよこせ」と真っ黒なエラビレを広げ寄ってくる。
飯を寄越せと言う割にキレ気味なあたり、前世はヤのつく家業の鉄砲玉だったのかもしれない。
2粒目、3粒目を順に落とすと、これもまた飛び跳ねそうな勢いで食らいつき、満足そうにゲップ混じりの泡を吐いた。
うまいのか、うまくないのか。
味のほどはわからないが、とりあえず満足そうに、ミスズは水槽の中程にあるツボの中へと姿を消した。
ここがこいつにとっての安全地帯なのだろう。
壁を見上げれば、まだ6時。
不思議なことに、実家を出た後の方が、よっぽど早く起きている。
1日が始まることへの憂鬱感が、多少なりともましになっているのかもしれない。
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