三章

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 何にを優先するか悩むところだが、今はご主人の救済を一番に考えた。 「今、真次さんは風呂場で待っています。娘さんの赤ちゃんを沐浴するために」 「風呂場で?」 「はい、真次さんは娘さんを毎日沐浴させてあげてましたね? その時の感覚を忘れられないでいます。そして孫が出来たら沐浴をしてあげるんだと言って今も風呂場で待っています」  それを聞いた春江さんは泣き崩れた。小さな体が更に小さくなり、肩をすぼめて泣いた。 「長男さんが産まれてから火事がありましたね? その出火元は風呂場。脱衣所に寝かせておいた長男が亡くなっています。当時は薪の五右衛門風呂。ちよっと目を離した隙に引火して風呂場が燃えてしまった。  春江さんはその火の海に飛び込んで、火傷をされたんですよね?」 「その通りです。薪の近くに半乾きの洗濯が干してありました。それに火の粉が飛んで」 「長男さんが言ってます。僕は大丈夫だよ、だから泣かないでって」  それを聞いた春江さんは手を合わせて何度も何度も頭を下げた。 「長男さんは生まれ変わってこの世に転生しています。長男さんは、まだ若かった春江さんに火傷を追わせてしまったことを申し訳ないと言っています。  そして春江さんのその申し訳ないと言う気持が自分を苦しめてはいませんか? だから春江さん、自分自身をその切なさから解放してあげて下さい」  涙でグシャグシャになった顔を向けると、机に額を擦り付けるように頭を下げた。 「では、ここからが実際にあった話になります。娘さんが入院に至るまでの経緯です。お辛い場面もありますがお話ししても大丈夫ですか?」 「お願いおます」  俺は全てを話そうとも思ったが、日高が相談に来た事以外は春江さんに話しをした。あくまでもこれは透視と平行する占いの世界。だから本人以外の現実を交えてはいけないと思った。  一通り話を聞いた春江さんは、深く深く頷いていた。  長男の事も真次さんの事も伝えられたのでこれでひと段落。残すは娘さんだけ。先ずは体調の回復。それからその他のこを考えることにしよう。  真次さんの恨みだが、そう簡単には治まりそうにない。風呂場での暖かな気持はくみ取れたが、恨みは別問題のようだ。  でも大丈夫だと俺は踏んだ。娘さんが帰ってきたら全部無くなる想いだから。  恨みはあるが、やはり娘が心配で可愛くてたまらないんだ。親ってそんなもんなんだよ。  春ヶ野家には幸せになってもいたい。そんな思いで仏壇に手を合わせた。
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