一章

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 しばらくすると細い鳴き声が部屋中に響き渡る。姿は見えないが甘えた声を出して俺の様子を伺っているのがわかる。  日高の背後から顔を出したのは、体長一メートル程の毛足の長いトラ猫だった。鳴き声と体格のギャップに俺は驚いた。実際にこんなに大きな猫は存在しない。日高にまとわりつきながら俺の出方を待っているのだろう。 「来たな、化け猫」  正体を見破られた化け猫は、一瞬にして全身の毛を逆立てて攻撃的な顔つきになる。  その一方で、日高は震えが止まらないらしく、白目をむいて今にも泡を吹いて倒れそうな勢いだ。この場で今の日高の様に通常を保てないのは、霊障があるとしか言い様がない。  その逼迫ぶりに白椿が身を乗り出して俺の指示を待つ。  一回り膨らんだ化け猫は、威嚇するようにつま先立ちをすると俺に話し掛けてきた。 「オレヲコロスノカ?」 「殺しはしない。でもお前が取り憑いた主をこれ以上苦しめるのならば考え直さな ければならない。何故にここにいるのか」  殺しはしない、それを聞いた化け猫は、落ち着いてきたのか逆立てた毛が少しずつ倒れていく。  厳戒態勢になっている白椿に目配せをして離れるように指示を出す。 「何故、主に取り憑くか」  化け猫は落ち着かない様子で足踏みをしながら俺を見ていた。  それと同時に化け猫目線の断片的なイメージを送ってきた。 黒髪の女性が笑いながら小さな猫の頭を撫でている。その隣には日高がいて不機嫌そうな顔をしてこっちを見ている。 女性がフェードアウトすると日高は手を高く振り上げ何かを言いながら猫を殴り弾き飛ばす。そして視界が歪む。 場面は変わり橋の上。日高に首根っこを掴まれた猫は、ボール投げの要領で川へ放り投げられた。 目に染みる水、涙も一緒に流される。 遠くで日高が腹を抱えて笑っている。 苦しい。そして意識が消える。 今度はさっきの女性目線になった。どうやら化け猫はこの女性に取り憑いたらしい。日高はかなり高騰していて女性を平手打ちした。そして視界が歪む。あの時の場面とリンクする。 遠近感が無い。この女性は片目を失明したようだ。日高の暴力のせいかと思われる。それでも日高は容赦なく女性を殴り続ける。 病院のベッドに横たわる女性は、辛うじて命はあるようだが意識が無く、沢山のチューブに繋がれている。 その女性の顔を舐める小さな化け猫。 辛かったろうに。  化け猫は俺にそれらを伝えると、日高の隣に腰を下ろした。忠誠心を思わせるようなその行動は、化け猫のフェイクだと俺は分かっていた。きっと抹消されたくなかったのだろう。  日高はだいぶ落ち着いたようで、今の痙攣が嘘だったかの様にハーブティーを飲み始めた。  白椿の怒りが目に見えて分かった。そんな無慈悲な日高に怒りが込み上げてきたのだろう。俺は印を結んだ手を崩し白椿に落ち着くように促した。
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