八章

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 絶望の中で見た物は信じられない光景。ヘドロからの攻撃を受け血まみれになっていたのは、俺ではなく春江さんのご主人真次さんだった。 「娘を助けてくれてありがとうございます。もうこの世には悔いはありません」  よろめきながら俺に触れまいと踏ん張って立っている真次さんは、そう途切れ途切れに言うと微笑みながら崩れるように倒れた。 「真次さん!」  化け猫がやられたときと同じ。心臓を捕まれた真次さんは魂を吸われ、ヘドロの腕と石化していった。  どうやら真次さんは結界のドームが壊れてから化け猫と一緒に入ってきたらしい。あの巨大な化け猫ならこんな低い結界などひと飛びで超えられる。真次さんはそれに集ってきたのだろう。  真次さん、その捧げてくれた魂は絶対に救いますから!  そして霊能者ではない魂を二つも吸収したヘドロはだいぶ力が劣ってきていた。食える物と食えない物との区別も出来なくなってきたのか? 「くそっ! お前は何人食えば気が済むんだ!」  怒りで目が滲む。ヘドロの腕は残りあと一本。これをどうやって始末するか。呪文を唱えながら更にヘドロを弱らせていく。  そしてヘドロが体勢を崩し始めた。斑の球体が楕円になり、ブヨブヨと波打ち始める。  あの腕が伸びてくる前に核目がけて波動を打つことにした。力を溜めて溜めて、渾身の波動をお見舞いしてやる。  さぁヘドロ、息を吸え! お前の弱点を俺は見破った。息を吸って体が膨らむと腕が伸びて攻撃してくる。その時、一瞬だけ核が見える。的を狙うために核にある本来の目で確認しているって事だな。  さぁ来い! 俺の波動はいつでも打てる。ヘドロが裂けたその瞬間を狙って核にぶち込んでやる。 「先生! 私達の結界が!」  波動に集中するあまり結界が解けてしまった。  残り一撃に賭ける無防備な俺達。  あと一本の腕を持つ弱り切ったヘドロ。  どちらに軍配があがるのか。  ブヨブヨとしたヘドロは再び沸々と蒸気を上げ始めた。最後の足掻きなのだろうか、明らかに弱っているが戦闘心は伺える。  お互い弱った力でどこまで戦えるのか。 「助けてくれ、助けてくれ」  どこからか助けを求める声がする。それはヘドロの体からだった。  波打つヘドロの表面には、突沸に紛れて何人もの顔が薄らと覗く。それらが助けてくれと言っているようだった。 「お師匠様」  突沸に歪む顔を見て俺の心は揺れる。 「先生! これはヘドロが見せてる幻覚です、騙されないでください!」  俺の弱い心を掴んだのはヘドロだった。
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