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ヘドロの腕は白椿の心臓には達していないようだったが、損傷はかなり激しい。痛みに耐えながら、白椿はニッコリ笑った。
「先生?」
「ダメだ、喋るな。傷口が」
白椿の脇腹に刺さったヘドロに手をかざしその存在を消していく。それと同時に損傷した内臓の回復を始める。
「クソッ、力が足りない」
かざした手が震える。体力を消耗した俺は、白椿の傷を治す事が出来なかった。
自分の未熟さが招いた結果がこれだ。悔しくて悔しくてその手で拳を作る。
「しっかりしろ白椿。今助けてやるからな」
「先生」
白椿は俺の拳に手を添えた。
「先生? 私、先生の事、ずっと好きでした」
その幸せそうな笑顔を見て、今までの出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
「俺もだよ。帆乃香、愛してる」
体の震えを抑えながら白椿にキスをした。
俺は白椿を守ってやることが出来なかった。それに、一人前の霊能者に育てることも出来なかった。こんな情けない俺が恥ずかしくてたまらない。
緑龍が空高く登り大きく旋回すると、それが渦となって曇りが晴れてきた。そして何事もなかったかのように朝日が俺達を照らす。
ヘドロとの対決は今終わった。解放された魂はふわふわと天に昇り始め、それはまるで蛍の群れのようだ。
俺は帆乃香を抱いたまま中庭にうずくまる。すると金の粉を撒きながら浮遊する魂が寄ってきた。それは誰の魂なのかすぐに分かった。
「お師匠様」
温かみのあるその魂は、俺達の疲れと傷を癒やすために金粉のシャワーを浴びせかける。
俺はお師匠様と過ごした日々を思い出していた。すると脳内にお師匠様の声が響く。
龍河、頑張ったな。
俺は懐かしさと嬉しさ、そして悔しさが入り交じり涙が止まらなかった。
解放してくれてありがとう。これでやっと成仏できる。
「お師匠様。今までありがとうございます。俺もやっとお礼が言えました」
お師匠様の突然の死。そして再会。無念が晴らせた今、お互いのわだかまりが消えていく。
「お師匠様はティンカー・ベルか何かですか」
思わず本音が出てしまった。それを聞いた魂は大きく上下に揺れると、更に金粉を増やして俺達を旋回した。
「これじゃぁ粉雪だよ」
また心の声が漏れてしまった。
きっとこの場面は泣けるのだろうけれど、照れ隠しで俺はそう言った。
大戦を終えた今、自分自身に残された課題とこれから先の選択が、俺の肩にズシリとのし掛かる。
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