九章

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九章

 しばらくの間、仕事を取らないことにした。帆乃香の回復に務めることと大和を失った辛さ、正直俺の体と気力が持たなかった。  中庭に出ると焼け焦げた芝生の間から、新しい葉が伸びてきていた。  再生する力って凄いな。  そんな事を思いながら周りを見渡すと、いつもと違う光景に気持ちがないる。  穴の空いた芝生に焦げた葉っぱ。ガラスには亀裂が入り廃墟のようにも見える。そして一番の違いは大和がいないことだ。  中庭に出るなり駆け寄って飛びついてくる大和がいない。  相棒がいなくなった今、俺の心ここにあらず。 「引っ越そうかな」  それから帆乃香も無事退院することが出来た。そして少しずつだが新居として二人でこの家を片付け始めることにした。  俺は引っ越しを考えていたが、帆乃香がどうしてもここがいいと言い張るので業者を入れてリフォームをする。お陰で毎日がバタバだ。 「先生? これを今からまとめるので、運んでもらっても良いですか?」 「もう先生って呼ぶのはやめようよ」  大和のおもちゃを洗って乾かして箱に詰め替えて。大切な物だから捨てられるわけがない。片足の無いウサギのぬいぐるみを撫でながら帆乃香は言った。 「私の中ではずっと先生なんです。背中を追いかけてきたお師匠様なんです。赤ちゃんが出来たらパパって呼ぶんでしょうね。そうなると、大地さんって呼ぶタイミングがないですね、フフッ」 「フフッってなんだよ。じゃぁ俺はお前のことほのちゃんって呼ぶよ?」 「やめてください!」  帆乃香は、ちゃん付けを嫌がる。 「ほのちゃん?」 「もー! やめてください!」  楽しく戯れているとインターホンが鳴った。どうやら来客のようだ。 「龍河先生いますか?!」  そこにいたのはお隣のお母さんだった。いつも夕飯のおかずを持ってきてくれる元祖田舎のお母さんだ。 「龍河先生、帆乃香ちゃん、こんにちは。お二人とも元気そうで良かったわ」 「お母さんこそ、いつもお元気で何よりです。今日はどうしましたか?」  お母さんは手に持った段ボールをユサユサしながら機関銃のように喋りだす。 「龍河先生、お庭大変でしたね。泥棒が入ったって聞きましたけど、先生と帆乃香ちゃんがご無事で安心しました。こんな先生のお家に泥棒に入るだなんて身の程知らずの泥棒ですわね。  帆乃香ちゃん、お怪我したって聞いたけど大丈夫? 女の子だから気を付けないと! 今からお嫁に行かなければならないんだから体は大切にしないとね。龍河先生はトンチンカンなところがあるから」  そんな弾丸トークに俺と帆乃香は見合って笑った。
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