九章

2/7

22人が本棚に入れています
本棚に追加
/74ページ
「あの、お母さん。お話の途中で悪いんですけど、俺達結婚することになりました」  お母さんは目をまん丸くすると、手に持っていた段ボールを落とす。 「お母さん、段ボールが」  パッカリと開いた段ボールを拾い上げると、その中には子犬がいた。  キュン 「ぬいぐるみみたいですね、可愛い」  帆乃香はそう言いながら頭を撫でる。外へ出たかった子犬は、段ボールの中で暴れてひっくり返って大変なことになっている。  ゆっくりと床へ降ろすと自分で段ボールを倒して走り出した。 「ごめんなさいね、その子犬、しょっちゅう脱走するんですよ」  子犬は一気に中庭へ走り出ると芝生の上をグルグルと駆け回る。それを追いかけ回す帆乃香。その光景を見たお母さんは笑っていた。 「お母さん、あの子犬は?」 「ウチの妹が柴犬のブリーダーをしているんですけど有難いことに今回は子沢山で。で、龍河先生の大和くんの話をしたら一匹分けてくれましてね。小振りですけど元気で可愛いでしょ?  妹も龍河先生に鑑定をお願いしたいって言ってましたので、もしここへ来たときはよろしくお願いします。子犬のこと、勝手に連れてきちゃいましたけど大丈夫だったかしら?」  中庭で走り回る姿を見て微笑ましくなった。俺は大和の小さい頃を思い出した。 「いえいえこちらこそ、お気遣いありがとうございます。立派な大人ワンコに育てますよ」  言いたいことだけ言うと、お母さんはサッサと帰っていった。  俺も久しぶりに犬と遊ぼうと中庭へ出た。すると子犬は物陰に隠れてしまった。 「隠れちゃいましたね、先生が怖かったんですかね?」  帆乃香がおいでおいでをするが、一向に出てくる気配がない。 「俺、嫌われちゃったのかな」  するとその子犬は何かを咥えて俺の足下まで走って来た。 「なんだそれ?」  咥えていたそれに手を伸ばすと、子犬特有の尖った歯で勢いよく噛まれた。  一瞬、手が痺れたかと思うと俺の脳波が乱れはじめ体が硬直する。そして一気に体中に電流が流れ痙攣する俺。  その硬直から解かれると、何事もなかったかのように子犬が俺の手をペロペロと舐める。  その何秒かの出来事は俺と子犬の契約成立の瞬間だった。大和の時と同じだ。大和と初めて出会ったときと同じだった。 「先生? 子犬ちゃんは何をもっているんですか?」  咥えている物をじゃれながら取ると、それはウサギのぬいぐるみの片足だった。 「あぁ、それ大和のですよね? さっき段ボールにしまおうとしていたウサギのぬいぐるみの片足。こんな所にあったんですね」  それはまるでラビットフット状態だった。幸運のお守り、そして戻ってきたよの合図。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加