九章

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 新しく仲間に加わったウメ子はとても働き者で、中庭の芝生を端からほじくり返す。 「ウメ子! そんな所をほじって何があるんだよ、もぉ」  俺は小さなスコップを持ってウメ子の後を追いかける。 「先生、犬の本能なんですから仕方ないですよ。諦めましょう」 「でも、さすがにこの穴は大きすぎるだろう」  そこにあるのはサッカーボールくらいある大きな穴だ。採掘を止めてもまた再開する執念さ。これは完璧な穴掘り職人だ。 「さすがにこれは、どう見ても落とし穴だろうよ」 「先生、ウメちゃんが楽しんだんですから良いじゃないですか? 許してあげましょうよ」  いや、今の俺はそんなに心は広くない。俺にとってここの芝生は聖地であり祭壇でもある。そこをモグラ出現跡のようにボッコボコにされたら、そりゃ嫌になるし怒るだろう。  それにこんな大きな穴、ウメ子が落ちたら出てこれないんだから。  そう思いながら俺はせっせと穴を埋めて歩く。  そして散々穴を掘りまくったウメ子はくたびれたのか小屋の前で寝てしまった。 「はぁ。いい気なもんだよな。全部コンクリートにしてやろうかな」 「良いじゃないですか。今は沢山穴を掘りたい時期なんですよきっと。だから先生もあんまり怒らないでください。  先生、紅茶淹れましたよ。一緒にのみましょ」  そう促されて、一旦退却をする俺。  その日の夜夢を見た。翌日に来る相談者の夢だった。とても誠実な男性が、血筋の争いや家計の怨念に巻き込まれてしまうと言う夢。  俺はメモを取りながら寝たり起きたりの繰り返し。もちろん寝た気はしない。久しぶりのこの作業は体力的にも精神的にもやっぱり辛い。  次の日、朝食はお休みしてしっかりと休ませてもらうことにした。  そして午後になるとその相談者が来た。  夢で見た人と合致。背の高い小綺麗な男性だ。 「こんにちは、今日はよろしくお願いします。宗佑(そうすけ)と申します」 「初めまして龍河です」  とは言っても、夕べ夢で会っていたので俺は初めましてではないが、一応社交辞令的な挨拶をする。
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