一章

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 翌日の午前中、二人で仕事場を掃除していると白椿が昨日の日高の事を尋ねてきた。 「先生? 昨日の日高様はなぜまた来ると思ったのですか?」  俺はテーブルの上を片付けながら答える。 「置き土産だよ」  白椿は首を傾げた。 「あの化け猫はわざわざ俺に置き土産をしていったんだよ」  セロハンテープにそれを貼り付けて白椿に見せた。 「毛?」 「そう、獣毛。あの化け猫が置いていったんだよ」 「でも何故獣毛なんですか?」  二十本ほどある毛足の長い茶色い毛を揃えながら話しを始めた。 「動物は自分の匂いに敏感なんだよ、マーキングとかするでしょ? あの化け猫もここにまた来るつもりで自分の毛を置いて行った。つまりはマーキングしてったってわけ。  悪く言えばテリトリーにされたって言い方もあるだろうけど、今の所は化け猫も攻撃態勢ではないみたいだから大事にはならないとは思う。また来るねって印だよ。  それに大和も待機してくれていたからね。いつでも乱入出来るようにサッシを少し開けておいたんだ。猫は犬が苦手だからね。あの化け猫もこんなアウェイで戦う気は無いと思うよ。しかもあの大和に勝てる奴はいないからね」 「そうだったんですね。  でも、あの化け猫ちゃんは悪さをしているようには見えませんでした」 「そうね、確かにたいした悪さはしていない。と言うより日高が鈍感過ぎて話にならなかったけどね。  でも人間に憑くことはいけないことなんだよ。それだけの怨念があるって事だからね。  迷わず成仏してくれてたら良かったんだけどね」 「難しいですね」 「そうね」  俺的には、化け猫よりも愛人の生き霊の方が厄介と見た。  愛人の本体は現在瀕死の状態だ。このまま生き霊が本体へ戻ることが無ければ命を落としてしまうかも知れない。本体が生きているうちに戻さなければ、本当の霊体となってこの世をさまよい続けなければならない。それだけは避けたい。  俺はその獣毛を日高が座っていた椅子の裏に貼った。また来る、そう踏んだ。  あれからしばらくはいつもと変わらない日が続いた。平和だなぁ、中庭で大和と戯れながらゆっくりとした時間を堪能していた。  すると、キッチンから白椿の悲鳴が聞こえた。 「キャー」  一目散に大和が走る。 「おい大和! そんなに走らなくても!」  開けっ放しのサッシからキッチンへ走り込む大和。  床に座り込む白椿の顔をペロペロ舐めながら尻尾をブンブン振り回す。 「先生!」  泣きそうな顔で俺に助けを求めてくる白椿は乙女だった。  と、その前に大和がしっかりと介抱してくれている。 「虫ね。そろそろ免疫付けようよ」  先日の白菜にまだ付いていたと思われる青虫がこの数日で成長したのか、丸々と太って更には白菜をモリモリと食べていた。  前回同様青虫を逃がすと、白椿を起こしてタオルを渡した。 「顔拭いて。大和の愛がビッシリ付いてるよ」  ウルウルした目で俺を見る白椿。今度は、虫訓練をしようと決めた俺だった。
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