161人が本棚に入れています
本棚に追加
「……?」
気配が少し変わった。一番うるさいのは私の心臓の音で、先程の鈍い音は聞こえなくなっている。
おそるおそる目を開けると、殴られていた徹は誰かの肩につかまり立っていた。そして暴力をふるっていた西村は、目を丸くして私を見ている。
えっ、なになに? なにそんな驚いた表情で、私を見ているの?
睨んでいるわけじゃなさそうだけど、そんな強面にまじまじと見られるとやっぱり怖い。もしかしたら反論したことが、神経を逆なでしたのかもしれない。
西村が、一歩私に近づいた。びっくりして反射的に下がると、彼は苦笑した。参ったなというように、頭を掻いている。
「徹、こっちに来い」
呼ばれた徹は、お腹をさすりながらこちらにやって来た。
「この人に、二度と迷惑をかけないと謝れ」
「えっ、でも若……西村さん」
「謝れねえのか、てめえ」
一気にトーンが低くなり、私も焦ったが徹も焦ったようだった。ビシッと背筋を伸ばし腰を四十五度に曲げて、「すいませんでした! もう二度と迷惑をかけるようなことはしませんっ」と大声で私に謝った。
「…………」
「……どうした? これでは謝らせ足りないか?」
「あっ、すみません。そうじゃなくて、びっくりしちゃっただけで……。もっ、もういいですから、頭を上げてください」
徹はホッとしたように頭を上げ、それから私に何度も何度も頭を下げた。
それにしてもこの感じは、どう考えても普通の人たちじゃないよね。
ここに連れて来られた理由や、この人たちが本当はどういう人たちなのかわからずモヤモヤするけど、それはいったん脇に置いておくことにしよう。……というよりも、尋ねる勇気がないわ。
「本当にすまなかったな、送って行こう。林、車を出せ」
「はい」
返事をしたのは、さきほど西村と一緒に帰って来た男だ。風貌は西村よりもいかつく、この男の用心棒だと紹介されても誰も疑わないレベルだ。
本気で怖い、怖いよもう!
「だっ、大丈夫です! お気遣いなく! ひっ、一人で帰れますから」
胸の前で両手を振り、大丈夫ですアピールをしてから慌てて靴を履く。玄関を開けようと顔を上げると、いつの間にか西村がそこにいて玄関をふさいでいた。
「俺の部下が迷惑掛けたんだ。送らせてくれ」
静かにそう言い、西村が頭を垂れた。
その状況に、周りのいかつい男たちがハッと息を呑んで私を見る。
「や、やめてください! あ、あ、頭を上げてください!」
「では、送らせてくれるんだな」
「それは……っ、……お願いします」
あああ、嫌だよ~。絶対嫌だ! タクシーで帰らせてください、タクシーで帰らせてください、タクシーで……!
呪文のように心の中で何度唱えても、この人に聞こえるわけがない。私は諦めて、誘導されるまま車に乗るしかなかった。
車は、さすがヤクザの乗っているものだけあって庶民では買えないような高級車だ。車内も広くゆったりしているし、おまけに座り心地もめちゃめちゃ良い。もしもこれが親しい友人の物だったりしたら、きっと私は大いにはしゃいでいるに違いなかった。
……でも、現実は違うんだよね。
ハアッとため息を吐いてガックリ肩を落としていたら、ガチャッとドアが開く音がした。反対側のドアが開いて、どういうわけだか西村が後部座席に乗り込んでくる。
ええっ? なんでこの人まで乗ってくるの?
隣にヤクザのボスが座ってる! どんなにゆったりした素敵な空間の車内でも、とてもじゃないけど落ち着かないよ~。
最初のコメントを投稿しよう!