番外編 1

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「二日酔いは、どうですか?」  あ……。 「もう大丈夫みたいです」 「じゃあ、そろそろ戻りましょうか。家まで送ります」 「はい」  二人でまた来た道を戻った。出てきた時より陽が昇っていて、少し暑い。  暑いなあ、怠いなあと思いながら林さんの後をダラダラと歩く。コンビニが見えてきたので、なにか冷たい飲み物でも欲しいなと、思わず立ち止まった。  あっ、でも財布持ってきてなかった。 「そっ、そいつ誰か捕まえてくれー!」  えっ?  声の方向を見ると、帽子にサングラス、マスクという全く顔の見えない男がコンビニからすごい勢いで出てくるところだった。  瞬時に反応したのは、林さんだった。ポケッとする私の前を、男目指して走り出した。男もそれに気が付き、ギョッとしたのか一瞬立ち止まる。  それもそうだろう。怖い顔をした大男が、自分に向かって走ってくるのだから。  だけど男も、すんなりとは捕まらなかった。林さんが近付く寸前に向きを変えて、なんと、驚きのあまり傍観していた私を捕まえて、羽交い絞めにしやがったのだ!  しかもこの男、手にナイフ持ってる~! 「近付くな! 近付いたら、この女を殺すぞ!」 「い……いやぁ。やだぁ」  男が私の顔近くにナイフを持ってくるものだから、嫌でも視界に入ってしまう。  怖くて怖くて、もう頭が変になってしまっていた。全身はガタガタ震え始めるし、勝手に涙がぽろぽろと出てきて、自分でも自分の身体がまったく制御できなくなっていた。 「その子を離せ!」 「そっちこそ、来るんじゃねえ!」  男が刃物をちらつかせながら大声で怒鳴っても、林さんは動じる様子を見せなかった。それどころか、ただでさえ怖い顔をさらに怖くして大股で近付いてくる。  顔が怖いっ! 「き、聞こえないのか? この女がどうなっても……うぎゃっ! いたっ、いたっ、痛い!」 「逃げろ!」 「はっ、はいいっ!」  脅しもまったく意に介さない林さんは、男に足早に近づきその手首を捻り上げた。男の私を掴む力が弱まったところでの林さんの指示にハッとして、私は必死でその場を離れた。  私が離れたことを見て取った林さんは、男をむんずと持ち上げそのまま投げ飛ばす。男はカエルが潰れたような鳴き声を発して地面にたたきつけられた後、放心したようにその場から起き上がれずにいた。  もしかして、一本背負い? すっご! 「あ、ありがとうございました!」  一連の流れを遠巻きに見ていたコンビニ店員が、慌てて駆けよってきた。その店員に林さんは、男を縛る紐を持って来させてそいつを縛り、ついでにコンビニの柱にぐるぐる巻きにする。  陽に当たらない陰に男をくくりつけたのは、林さんの温情だろうか。 「警察には通報したか?」 「はい」 「そうか。じゃあ、後は頼むな。……行きましょうか」 「……あっ、はい」  林さんは私の顔を見て頷いて、さっさと歩きだした。私も慌てて後に続いた。
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