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「忘れ物はありませんか?」
「大丈夫です」
二日酔いも治まってきたので、林さんに送ってもらうことになった。
車内では、私の家までのナビだけで、それ以外の会話は一切なかった。なんとなく気まずい雰囲気だ。
林さんには、家の近くのコンビニの前で車を停めてもらった。
「送ってくださって、ありがとうございました」
「いえ……。こちらこそ、怖い思いをさせましたよね。すみませんでした」
えっ?
ガチャリと開けかけた、ドアを押す手を止める。
「若……西村さんにも誰かを怖がらせるような真似はするなと注意されてるんですけど、俺は見た目もこんなんですから」
「林さん……」
なんだろう、この感じ。変な気分になっている。罪悪感というか、放っておけないというか……。自分くらいは、理解してあげたいというか。
「ああ、引き止めてしまったみたいですみません。――じゃあ、お元気で」
言い方!
まるで、もう二度と会わないかのような言い方に、私は思わず林さんの肩をぐわしっと掴んだ。
「また会ってください! 顔は怖くても、私はあなたに興味がありますから!」
「ヘ……?」
怖い顔に似合わない間抜けな声を発し、林さんもそんな顔をするのかというような、ポカンと呆けた表情をしている。そして数秒私を凝視した後、急に笑いだした。
「ハッキリした人だ。面白い」
林さんはひとしきり笑った後、収納ボックスからメモ帳を取り出し、ササッと何かを書いた後、私に渡した。
「俺の連絡先です。よく考えて、それでも会いたいと思ってもらえるなら連絡ください」
「は……い」
差し出されたメモを受け取った。林さんはにこりと微笑んで、ぺこりと頭を下げたあと車を発進させる。
「なに、あの笑顔」
あの顔で、あんなふうに静かに微笑むことができるなんて聞いてない。ドキッとしちゃったじゃないの。
……ああ、そうかあ。きっと南もこんな感じだったんだな。
受け取ったメモをじっと見て、私はそれをポケットにつっ込んだ。
二日酔いなんて、もうとっくにどこかに消え去ってしまっている。私は元気に帰り道を踏み出した。
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