真夏に雪が降りつもる

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     外ではジリジリと、真夏の太陽が照り付けている午後。  クーラーの効いた涼しい部屋の中で、僕はその小箱を開けていた。  緑色の包装紙にはトナカイやモミの木が(えが)かれて、赤いリボンも掛けられている。クリスマス用のラッピングであり、当然のようにクリスマスプレゼントだった。  ただし、僕がもらったプレゼントではない。僕が渡そうとして、渡しそびれたものだった。  相手は、バイトで知り合った女の子だ。僕よりも少し年下だけど、その店で働き始めたのは僕よりも先であり、アルバイトの先輩に相当する女性だった。  面倒見の良い彼女は、僕にも色々と教えてくれて……。  いつの間にか、僕はすっかり彼女に惚れてしまっていた。  彼女を口説き落とそう、なんて高望みをするつもりはなかった。  それどころか、自分の気持ちを告白する勇気すらなかった。  バイトで一緒の時間を過ごせるだけで幸せだから、クリスマスプレゼントも、あくまでもバイト仲間として渡す予定だった。いつものシフト通りならば、僕も彼女もクリスマスはバイトのはずであり、ちょうど良い機会だと思ったのだ。  ところが……。 「言い忘れてたけど、私、明日は休みだから」  前日になって、彼女はそう言い出した。 「私がいなくても、もう大丈夫だよね?」 「何言ってるんですか、先輩。いつまでもヒヨッ子じゃありませんよ、僕も」  内心を悟られないよう、笑顔の仮面を被りながら答える。  動揺していた僕は、彼女との会話が途切れてしまうのが怖くて、避けたい話題に踏み込んでしまった。 「明日休むのは、クリスマスだから……。デートですか?」 「うん、まあね」  はにかんだような笑みを浮かべて、彼女は続けた。 「相手は外国人なの。大学で英語を専攻してたのが、思わぬところで役に立ったみたい」 「国際的ですね。凄いなあ、英語がペラペラだなんて」 「うーん、そうじゃなくてね。英会話だけなら簡単なんだけど、実際に外人と付き合うとなると、相手の文化的背景まで理解しておく必要があってさ。そういうのって、きちんと勉強してないとわからない点も多くて……」  適当に相槌を打った僕に対して、彼女は真剣に答えてくれる。  この真面目さに僕は惹かれたのだ。改めて実感しながら、僕は少し複雑な気持ちで、彼女自身の恋愛話(コイバナ)に耳を傾けるのだった。  あれから三年。  ようやく気持ちも吹っ切れたと思う。その証拠に、こうして平常心のまま、渡せなかったプレゼントも開封できたくらいだ。  立方体の箱から出てきたのは、空色の台座に乗ったガラスの球体。中には透明な液体が詰まっており、小さなクリスマスツリーを背にして、サンタクロースがバンザイしている。  スノードームと呼ばれる置物だった。軽く揺すってやると、雪を模した白い粉が舞い上がり、サンタクロース人形の周りに降り積もっていく。  そういえば。  最後に会話した時、彼女は「オーストラリアへ引っ越すことが決まったの」と言っていた。  オーストラリアは南半球だ。今頃、彼女のところでも雪が降り積もっているのだろうか。 (「真夏に雪が降りつもる」完)    
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