プレゼント

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 麻亜矢(まあや)は、夢を見ていた。従姉妹(いとこ)優利奈(ゆりな)が、もうすぐ行くよ、と言っていた。 『え、何の話?病室に来るって?』  麻亜矢の質問には答えずに、優利奈は行ってしまった。  ピッピッピッ……もう、慣れてしまった、ずっと絶え間なく聞こえる電子音。シュー…ハー…シュー…ハー…と繰り返される自分の呼吸音。 「大丈夫、しっかりして。大丈夫だからね。心配いらないから。」  母が心配顔で自分が一番、不安そうに麻亜矢に繰り返した。 「お父さんはもうすぐ、来るから。急いで会社から来るから。今は電車に乗っている頃だからね。」  頭がぼーっとする。気が付いたら、ベッドが病院の廊下を移動していた。 「麻亜矢ちゃん、聞こえる?」  看護師さんの一人が、ベッドを移動しながら聞いてきた。かろうじて大層な機械につながっている麻亜矢は、声の(ぬし)を目だけで見上げた。 「聞こえたら右手を握って。」  右手を握ると、看護師さんは続けた。 「もう一回、説明するからね。麻亜矢ちゃんの心臓移植の手術が決まったから。今から手術をするよ。」  麻亜矢は目を見開いた。それは、麻亜矢にとって、命が(つな)がる唯一の道だ。でも、それは、尊いもう一人の命の犠牲によって生きる道でもあった。  幼い頃から心臓が弱かった。だんだん悪くなっていって、高校には一週間しか通ってない。入院したまま高校二年になった。  そんな麻亜矢にとって、従姉妹の優利奈は、仲の良い従姉妹だけに留まらない、親友でもあった。昔から家が近くて姉妹のように育っていた。同じ年で少しだけ、優利奈が先に生まれていて、しっかりしているようでドジで。でも、命の恩人だ。  最初に麻亜矢が具合悪くなった時、側には優利奈しかいなかった。彼女が幼稚園の先生に必死に訴えて、幼稚園の先生はようやく救急車を呼ぶ事態だと理解した。最初は真剣に受け止めてくれなかった。  それ以来、麻亜矢の入退院の生活が始まる。小学校も中学校も高校も、優利奈がずっと麻亜矢と通える学校を選んでくれた。本当はもっと偏差値が高い学校にも行けたはずなのに、優利奈は麻亜矢のために家の近くの学校を選んだ。すぐ家に帰って、麻亜矢の見舞いに来るためだ。  そんな優利奈だが、いつもなぜか誕生日には微妙なプレゼントをしてくれる。たとえば、自作の親父ギャグ集、変顔アイデア集、学校の先生達につけたあだ名集…などなど。それが、麻亜矢の誕生日だけでなく、優利奈の誕生日にも麻亜矢にプレゼントしてくれる。 『なんで、私にプレゼントするの?変だよ?』 『いいんだって。麻亜矢が何コレって顔するのが、面白いんだから。』  二人はまるで双子のように、言いたいことが通じ合った。  今から心臓を移植する。だから、優利奈は今から行くと言ったのだろうか。緊急の手術だから。彼女は昔からドジだ。 (慌てて転んでいなければいいけど。)  そんなことを考えているうちに、麻亜矢は手術室に向かっていった。  目を覚ますと両親の顔があった。父も泣きそうに目を潤ませている。母は堪えきれずに涙をこぼしていた。麻亜矢の右手をしっかり握っている。 「手術は成功したよ。良かったね。」  母はとうとう泣き崩れた。ここは集中治療室だ。長くはいられない。二人は時間が来て、出て行った。代わりに入ってきた、看護師さんとお医者さんに聞いた。 「ゆ…りな…は?」  みんな優利奈とも顔見知りだ。ずっとお見舞いに来ているから分かっている。  だが、今は聞こえなかったのか聞こえないフリをしたのか、誰も何も教えてくれなかった。両親の様子はどことなくおかしかった。 「…麻亜矢、麻亜矢。」  優利奈の声が聞こえて、麻亜矢は目を覚ました。目を覚ますと優利奈の制服の姿が見えて、麻亜矢は心底ほっとした。 「優利奈…!もう、遅いよ。心配したじゃない。転んで車にはねられちゃったかと思ったよ…!心配させないでよね。昔からドジなんだから。」  優利奈はメガネをかけた目を細めて、笑った。 「なあんだ、そんなに元気なら心配いらないね。麻亜矢、手術の成功、おめでとう。本当に良かった。」  優利奈は言って、涙を拭いた。 「うん…!ありがとう。ね、退院したら一緒に遊びに行くって約束、守ってよね。受験勉強するからって、反故(ほご)にしないでね。」  優利奈は微笑んで、ベッドの縁に座った。 「……ねえ、昔、私が言ったこと覚えてる?生まれてくる前のこと、覚えてるって言ったことあったでしょ?」  突然、そんな話を始めた優利奈に、少しだけ腹立ちを感じつつも、妙な胸騒ぎを麻亜矢は覚えた。 「…うん。覚えてるけど。」 「私ね、天国で神様に教えて貰って、麻亜矢の心臓が悪いって知ってたの。だからね、幼稚園で麻亜矢が倒れた時、必死になって先生に言ったんだ。寝てるんじゃないって。」  優利奈に生まれる前のことを覚えていると言われて、何が関係あるんだろうと思う。でも、黙って聞いていた。少しずつ不安が増してくる。前から、二人でいつも一緒に遊んでいた話は聞いていて、できるだけ一緒にいれる家族のところに生まれよう、と相談して決めた話をしてくれた。でも、今の話は初めてだった。 「…私、ずっと神様にお祈りしていたの。どうか、ずっと麻亜矢といさせて下さいって。死ぬまで一緒にいたいですって。」  その優利奈の言葉を聞いた瞬間(しゅんかん)、麻亜矢は全てが分かった。心臓がドクンと大きく鳴った。 「おめでとう、麻亜矢。やっと病気から解放されるね。自由に思いっきり生きて。」  何も言えないでいる麻亜矢に向かって、優利奈はにっこりした。最高の笑顔で手を握ってくれて。 「じゃ、行かなくちゃ。」  優利奈はぴょん、とベッドの縁から降りると、手を振った。 「元気でね。好きな人ができたら、一緒にドキドキするから。麻亜矢が好きになる人は、私好みのイケメンだね、きっと。ははは。」  最後に冗談を言って、優利奈は後ろを向いた。 「優利奈…!ありがとう。」  なんとか、麻亜矢はそれだけ言った。涙で視界が(ゆが)んで見えなくなって、集中治療室に制服だけで入ってくる訳がなくて、麻亜矢は泣いた。涙を拭いて、次に見た時には、優利奈の姿はなかった。行ったのだ、向こうの世界に。  麻亜矢には、もう全てが分かっていた。優利奈が麻亜矢の入院している病院の前で転んで、車にはねられ、脳死状態になったことを。  優利奈の最後のプレゼントは、生きられる時間をくれたことだった。  麻亜矢は何度も、優利奈に馬鹿って言いながらお礼を言って、泣いた。
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