2話 上司の声は神の声

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YouTubeで腕時計してた回見たって、一体どれだけの本数漁ったんだこの人。そんな最近の回じゃないからーー頭の中で動画数を数え始めて、やっぱりすぐやめる。 ……俺、尊敬してる上司に、女装して料理してる動画を何十本も見られたのか。 それも、多分繰り返し。何度も。 「それでーー……七海?大丈夫か?」 「……どちらかと言うと大丈夫じゃないです」 「顔、赤いぞ?」 ええ、分かってますとも。 今自分の顔がめちゃくちゃ熱いことくらい。 普通に恥ずかしすぎる。痛くも痒くもないと思っていたのに、こう真剣に見られることでここまでダメージを食らうとは。 頭が沸騰しかけたので、コーヒーではなくお冷に手を伸ばして一気に飲み干す。 「大体、相手が知り合いとは限らないんじゃないですか?」 「お前、あの時俺の名前呼んでたじゃん」 「あ」 無意識に言ってたから完全に忘れてた。 そして、あの時自分が言った事を思い出して、上がっていた熱が下がり急に頭が冴えた。  そうか、だから安堂さんはこんなに真剣に探したのか。自分の失態を見たやつが知り合いの可能性があったから。安堂さんはさっき、この事実確認は本題の前置きだと言っていた。 と、いうことは。 「安堂さん、大丈夫です。俺はしゃべりませんよ」 もしあの時鉢合ったのが会社の人間で本当に女だったら、最悪セクハラで訴えられる可能性だってあるわけだ。そうでなくとも、こんなことを自分のコミュニティで吹聴されたらたまったもんではない。相手を探し出して、弁明や口止めをしたくなるのは至極当たり前の思考だ。 これで合点がいく。 「別に俺は何とも思っていませんし、むしろ体調の方を心配していました」 だから最近様子がおかしかったんだろうな。この話をいつ切り出そうか迷っていたのかもしれない。これで俺が大丈夫だって念を押せば、安堂さんの悩みが全部解決するはずだ。  すると安堂さんは、俺の言葉で少し複雑な笑みを浮かべた。 「本題を話そうか否か、実は少し迷っていたんだが、やっぱりお前なら信用できるな。悪い、相手がお前だって分かった時点でその心配はもうしてなかった」 「え?」 「お前のことは俺が一番よく知ってるし、よく見てる。お前は頭が良くて誠実かつ真面目だ、そういうつまらないことはまずしない」 不意に褒められて言葉に詰まる。 そうやって良いところを評価して口に出すから、ちゃんとそういう部下に育ったんだよっ! 「いえ、その、そう言ってもらえるのはありがたいんですけど」 それよりも、今は本題が聞きたい。 ……いや、まあ、褒められるのもいつでも聞きたいんだけど。 「じゃあ、何で俺を呼んだんです?」 「……頼みがあるんだ。正直、今回こんな事にならなかったら、金払う以外に一生機会が来なかったかもしれない」 どういうことだ?話が見えない。  これ以上こちらから訊く必要はないので、黙って安堂さんが言い出すのを待つ。俺の視線に観念したのか、諸々の感情を吐き出すように一つ長いため息を吐くと、意を決した目つきで顔を上げた。 「単刀直入に言おう。俺は女性が苦手だ。だから女装をした状態で、女性に慣れるためのリハビリをつけてほしい」
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