2話 上司の声は神の声

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なんて言った? 「ちょっと待ってください……」 手を前に出してストップのジェスチャーをしつつ、一度目をつむる。話が飲み込めない。女性が苦手?一体どの辺が? 「前提から聞きたいのですが、本当に女性が苦手なんですか」 「そうだな」 「俺にはそう見えませんが」 「距離を取っているのは分かるだろ」 「まぁ、それは……」 まさか苦手だから距離を取っていたのか?平等に扱って人間関係を円滑にするためではなく? でも、だからって俺に頼む理由が分からない。女に慣れたいなら女に頼めばいいだけだ。いくら見た目が女でも、中身が男じゃ勝手は違ってくる。社外で頼めば、安堂さんなら別に金をかけなくてもリスクなく出来るだろ。 「でも俺に頼む必要はないでしょう?メリットは薄いと思いますが」 「その辺はまぁ……今から説明する」 安堂さんはひと息ついてコーヒーを飲んだ。俺も一旦頭を整理したくなり、釣られてコーヒーに口をつける。 「俺は性欲が強すぎて女性に近づけないんだ」 「げほっ」 飲んだコーヒーが変なところに入った。 「あのな、この前のあれは疲れてたからじゃねぇの」 「ごほっ…………はい?」 何を言ってらっしゃるこの人は。コーヒーを置いて呼吸を整えてから前を向く。言いにくそうに目を逸らしながら、「だから」と言葉を続けた。 「普通に、生理的欲求として勃ったんだよ」 「……一瞬近づいてぶつかっただけで?」 「はぁ、そうだよ……」 それはーー……本当にそんなことあるのか? しかし、ここまで真剣に告白され、さらにそれを実際見た以上信じる他ない。  しばらく伏いてコーヒーカップを見つめながら、取手部分を親指でさする。  安堂さんはこんなことで嘘はつかない。では事実とするならば、これはかなり難儀な問題だ。女より性欲があると言われる男だって、中学生を過ぎればそう簡単に興奮しない。公私の区別くらいできるし、自己管理が出来ていれば視覚か触覚で誘惑されない限りそういう気は起きない。それが普通だ。 しかし、もしそうでないのなら。 日常的にああなりうるというのなら、確かにこれは女には頼めない。 「だから中身が男の方が都合がいい、ということですか」 「すまん、他に適任が思いつかなかったんだ。別に金をケチりたいってわけじゃない。相場教えてくれたら給料は出す。女として完全に認識できる男で、安心して相談できる人間なんてこの機会を逃したらいないと思ったんだ」 申し訳なさそうな表情で謝罪と理由を述べるのを聞いて、俺は少し考えを巡らせ、訊くべき事を絞り込む。 「なるほど。では、反応してしまうラインはどの辺ですか?」 「え?」 「いや、やっぱり聞くより実際試した方が俺も分かりやすいかもしません。そうします?」 「ちょ、ちょっと待ってくれ。もしかして本当に引き受けてくれるのか?」 「そういう話でしょう?」 安堂さんは「そうなんだが」と呟いて苦笑いしていた。 「普通はこんなの断るだろ?」 「俺が断ると思って頼んだんですか?」 そう聞くとあからさまに目を逸らした。そうだろうと思ったよ。 「分かってると思いますが、上司の頼みで断れないとかはないですから。安堂さんだから引き受けるんです」 俺のその言葉に、安堂さんは安心したように笑いながらようやくいつもの調子で得意げな顔を見せてくれた。 「お前、俺の信者だもんな?」 全く、人間たらしめ。
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