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「……お前の顔が良すぎるせいな気もするが」
「じゃあ俺で慣れたら怖いもんなしじゃないですか。一挙両得ですね」
「バカか、ポジティブすぎんだろ」
一応会話はしてくれるがかなり余裕がないようで、いつもの紳士的な喋り方ではなくなっていた。呼吸も、いつの間にか深呼吸へと切り替わっている。
しかし、慣れるためのリハビリはこれからだ。もうちょっと頑張ってもらわないと。
俺がおもむろに一歩踏み出すと、明らかに安堂さんは警戒を強めた。
「バカお前、近付くな!」
「近付かないと試せないでしょうが」
「いや、まず、順を追ってだな!」
「じゃあ、そこのソファに座っといてください」
俺の言葉に、おそらく訳も分からないままソファに腰掛けた安堂さん。なるほど、この時点でかなり思考が鈍ってるな。もし仕事でこうなったら割と致命的だ。
などと考えつつ、前置きなしにソファの横に座る。
「っ!?」
「安堂さん、まだ動いちゃダメですよ」
「は、お前、殺す気か」
「なるほど。隣に座られるのはかなり苦手みたいですね。汗もかいてるし。気持ち的にはどうですか?」
「拷問してぇのかおい」
「なるほど」
この前の件から、接触に問題があるかと思ったけど、近いだけで大分アウトみたいだ。
しかし、まだだ。
まだデッドラインではない。
「安堂さん」
「もう離れていいだろ!?」
「ダメです」
「何でだよ!これ以上なんかされたら持たねぇんだよ!今日はこのくらいでいい!これ以上はお前にも負担がかかる!」
やっぱり。
どうせそんなことを考えて、俺が困らない程度にとか遠慮してるんだろうと思っていた。それじゃあいつまで経っても、安堂さんは本当の意味で慣れることができない。
「ダメです、俺が頼まれたらとことんやる人間なの知ってて頼んだんでしょ」
「っ……」
「自分じゃ相手に気ぃ遣って安全マージン取るから、だから俺に頼んだんでしょ」
多分、今が本当に試されている時だ。この前ファミレスで話した時ではなく。ここで踏み込めないようなら、安堂さんはいつか笑って「困るようなこと頼んで悪かった」と諦める。
それなら、踏み込むしかない。
俺は安堂さんの手を握った。
振り解かれないように思いっきり。
完全にフリーズした安堂さんに、伝えるべきことを伝えた。
「俺は覚悟できてますよ。どんな安堂さんでもちゃんと受け止めますから、遠慮せずリハビリしてください」
長い沈黙が続いた。
安堂さんは顔を伏せたまま硬直している。
……とりあえず、近付いて手を握ったら機能停止することが分かった。この辺がギリギリのラインかな。
そんなことを分析している最中に、ゆらりと目の前で顔が上がるのを感じた。
ようやく顔を上げたが、表情がいつもの安堂さんとは全く違った。余裕のない、それでいてどこか吹っ切れたような。赤い顔で汗を垂らしながら、ニコリともしない。
「はぁ〜、そうかよ」
低く、イラつきのこもった声が頭に響く。
「おい、ちゃんと受け止めろよ」
次の瞬間、身動きが取れなくなった。
何か言うより先に、思いっきり抱きつかれていた。身じろぎしようとするが、ウィッグの髪が乱れるだけでびくともしない。
「安堂さーー」
「うるさい」
パーカーから見えていた鎖骨に噛みつかれる。
「っ……!」
じんわりとした痛みが広がったかと思うと、そのまま鎖骨から首筋にかけて、窪みに沿うようにベロリと舐め上げられた。そのまま2、3回首筋も甘噛みされる。
形容しがたい感覚が体を走り、身震いした。
「どうした?怖いのか?なぁ、おい」
耳元で低く掠れた声で囁かれて、また身震いしそうになるのを必死で堪える。体勢を整えるために足を動かそうとしたら、硬いものに当たった。
……どうやらデッドラインギリギリではなく、大きく飛び越えてしまったらしい。
突然のことで動揺したが、ようやく現状を把握した。
ひと呼吸入れた後、パーカーの裾に手を入れようとしている安堂さんの耳元で、今度は俺が呟く。
「そんなわけないだろ。ビビってないでさっさと来い」
腕がピタリと止まる。
「お前……マジでどうなっても知らねぇからな」
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