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安堂さんのお猪口が空になっていたので徳利から日本酒を注ぐ。俺が注ぎ終わると、安堂さんもすかさず返杯した。
「ずっと気になってたことあるんだけど、聞いていい?」
「なんなりと」
こうしてとりとめのないことをダラダラ喋っている時間が一番楽しい。
「何で女装をやろうってなったわけ?」
頬杖を突きながら首を傾げている。その質問に、俺の頭には忌々しい姉の顔がよぎった。
「あー……それはですねーー」
「ーーなんだそれ」
学生時代、コスプレイヤーの姉が撮影日に二日酔いになってピンチヒッターとして呼ばれたところまで話すと、隣の席で口元を覆って笑いを噛み殺していた。
「いやぁ、普通その思考になるか?」
「俺もそれを常々疑問に思ってます」
「お前のお姉さんぶっ飛んでんなぁ」と言う安堂さんは、もはや笑いを堪えるのを諦めている。
「で、それ成功したわけ?」
続きを促されては話さないわけにはいかない。
「その時カメラマン1人だったんですけど、女装した俺と二日酔いの姉の2人で出迎えたら大ウケしました。あ、その時のメイクは姉にやってもらったんですけど。それで姉のアカウントで上げたらバズってしまって」
「それ残ってないの?」
「えー……初期は完成度甘いからちょっと……」
安堂さんに完成度低いところ見せたくないんだけどなぁ。
答えあぐねてお猪口を口にくっつけながらちびちび飲んでいると、安堂さんが横でスマホをいじり始めた。
「……何してるんですか」
「お前のアカウントのメディア欄初期まで遡ろうと思って」
「分かりました見せますからやめてください、ちょ、ストップ」
「え〜?」
「えーじゃないですよ全く」
さらっとネットストーカーしないでほしい。
仕方ないので渋々女装用のフォルダを開き、スマホだけ安堂さんの方に向けて最初期のコスプレを見せる。
この時のコスプレは今みたいな綺麗系じゃなく、姉の趣味の可愛い系でゆるふわツインテールにフリルがたくさんあしらわれた衣装だった。
「ほ〜、これはまた今の七海からはほど遠いコスプレだな。うん、確かに今よりポーズも大分硬いな。というか証明写真?」
ぐ、ムカつく。だから嫌だったんだよ。
「もういいでしょ」
「まだ見足りないんだが?」
「嫌、です」
これ以上クオリティの低いものを晒すのはごめんだ。スマホの電源を切ってポケットに戻した。この時のコスプレ、俺の顔に合ってないし本当撮られ方下手くそだからな。
脳内で自己批評しつつ少し不貞腐れて横を見たら、なぜかまだ安堂さんはスマホでメディア欄を漁っていた。
「もう見なくていいですってば」
「ああ、いやそうじゃなくて。やっぱちゃんとやり始めてからの女装の方が俺も好きだなって」
「え」
「俺も今の綺麗な七海が好きだぞ?」
ものすごく真面目な顔をして言うから、思わずそっちに意識が向いて酒をこぼしそうになった。
ったく、すぐそうやって人を褒める。というか口説くみたいに褒めるな。男でも普通にときめくから。
「……ありがとうございます」
「お前って結構褒められるの弱いよな」
分かって言ってるんかい。
そういう見透かしたような態度は気に食わない。
安堂さんを睨んで背一杯邪念を送ったが、「そうやって照れるとこ可愛いなお前」と言って頭をワシャワシャされた。
完全にあしらわれている。
はぁ、人間たらしめ。
「もういいです。さっさとメディア欄は閉じた方がいいですよ、目に毒なんで」
「自分で言うか?」と言いつつ、その通りなので素直にTwitterを閉じる安堂さん。
「俺も安堂さんのことは熟知してますので?」
仕返しにそう言うと、安堂さんの動きが固まった。
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