4話 君と夜を明かしたい

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俺変なこと言ったか? 「安堂さん?」 「お前、最近……」 最近?何の話だ? 「ーーーーいや、何でもない」 え。 「何ですか、気になるから言ってくださいよ」 「何でもないって。それよりそろそろ2軒目探すぞ」 安堂さんは残りの酒を一気に飲み干して、店員さんに会計を頼んだ。 なんだか釈然としない。 …………まぁいいか。 何でもないって言うなら大したことないことなんだろう。 安堂さんが勘定を済ませるのを横目に見ながら俺も残った酒を飲み干す。 飲み代は正面から渡してもどうせ受け取ってもらえないので、こっそり安堂さんのコートのポケットにねじ込んでおいた。 ✳︎ ✳︎ ✳︎ ▼ 最近、七海が変わった。 両手は仕事モードで忙しなく動かしながら、斜め向かいで仕事をする部下に目線だけ向ける。 後輩に仕事について聞かれているようで、一台のパソコン画面を共有しながらやり方を教えていた。 相手は、女性。 ……前はこんなことなかったんだがな。 女性が困った顔で目をうるうるさせている横で、なにやら真剣に操作して教えている。 七海が前より感情を出すようになった。 どこが、と言われると返答に困る程度の変化だが、それでも周りが感じ取れるくらいには明確な変化だった。 変化のトリガーは多分俺。 心を開いてくれた嬉しさ半分、他の人間もその変化だけ享受しているのが若干引っかかる。 「あの、七海さんありがとうございます!また分からないところ聞きにきてもいいですか?」 「いいですよ。俺に分かることなら」 あいつは今、自分がちょっと微笑んでいることに気付いていないんだろうか。 2人の近くにいた周りの女性社員も、一瞬七海に目を奪われる。 これでまた、こいつに仕事聞きにくるやつが増えるんだろうな。 俺とこいつの同期の松田くらいしか気付いてなかったが、七海は面倒見がいい。冷たそうに見えるがそうそう頼みを断らないし、引き受けたら最後まで何とかしようとするところがある。 ただ、これまでは鉄壁のポーカーフェイスと仕事の完璧さから周りの方が萎縮して、話しかけづらい雰囲気があった。 それが、最近表情が少し変わるようになった。俺と話している時はもちろん、そうでない時も気分によって少し微笑んでいたり、顔を顰めていたり、恥ずかしそうにしていたり。全体的に柔らかい雰囲気になってしまった。 ……なって、なんて考えるのは上司失格か。 部下の成長は喜ばないとな。 席を立ってコーヒーを淹れに行く。 給湯室に行くと、先ほど七海に教えてもらっていた人とその同僚らしき女性数名がすでに占拠していた。 七海のリハビリのおかげで多少近づいても汗はかかなくなったが、さすがにこの空間へ飛び込む耐性はない。 仕方ないので外で終わるのを待っていると、中の集団はどうやら七海の話をしているようだった。 「七海くんどうだった!?」 「やばい、顔が良すぎて尊かった」 「さっきの七海くん笑ってなかった?遠くから見てても七海くんの笑顔綺麗すぎてやばかったんだけど」 「や、ほんと、間近で見ると心臓止まる」 「あ〜〜早苗いいなぁ、あたしも七海くんと安堂さんと同じ部署がよかった〜」 「仕事のしんどさ帳消しにしてくれるわ、あのご尊顔」 やっぱ七海目当てで教えてもらっていたか。 周りに聞こえないように小さく息を吐く。  実は、前から七海のファンは結構いた。しかし、話しかけづらさがあったため本人にも周りにも認知されていなかった。 じゃあなぜ俺が知っているかと言うと、そういうやつは俺のところに来るからだ。 今まで休み時間に女性から声をかけられることがかなりあった。半分は俺目当てだが、残り半分は七海目当てで情報を聞き出そうとしていた。 まぁ、あいつと一番接点が合って仲良さそうなの俺だからな。実際仲良いし?
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