4話 君と夜を明かしたい

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歌い終わると、七海は興奮した様子で拍手してくれた。 え、何でこんなキラキラした顔してんの? 「安堂さん!やっぱりめちゃくちゃ歌上手いですね!実はそうなんじゃないかと思っていたんです」 「え、あ、ありがとう?普通じゃないか?」 「普通は1発目から90点台出ません」 そういえば勝手に入ってたな。こいつ何で採点入れてんだよ。 「まぁ人並みには上手いと思うが……」 「いやめちゃくちゃ上手いですから。絶対いい声だと思っていたんですよ。安堂さんとカラオケ来てよかったぁ……!」 「……お前、声フェチとかあるの?」 そう聞くと、七海はキョトンとした後手を顎にやって首を傾げた。 「ある、かも?」 「……まぁお気に召したようで何よりだよ」 「召しました!朝までずっと聞けるの楽しみです」 頼むからどっかで休ませてくれよ? と言いたかったが、あまりにも目をキラキラさせ前のめりになって話すもんだから言葉が引っ込んでしまった。 それにしても。 そうか、俺の声が好きか。 やばいニヤける。 バレないように口元を手で覆ったが、七海はもう俺には目もくれずにデンモクを触っていた。 こういうとこあるよな……。 「そういや、何で最近自撮りばっかなんだ?」 「カメラマンさんの都合ですね。俺、普段頼んでるカメラマンがいるんですけど、病気かなんかで数ヶ月撮れないって言われて」 「それ大丈夫なのか?」 「あぁ、大丈夫だと思いますよ。死んでも死ななさそうな変態なので」 それはそれで大丈夫なのか……? 俺がツッコミを入れる前に、七海は曲を入れ終えて歌う体制に入った。 ふと、七海がこちらを見た。 「安堂さん」 「なんだ?」 「俺、歌うとキャラ変わるって言われるから普段ちゃんと歌わないんですけど、今日はマジで楽しみますんで」 「……は?」 どういうーーー マイクを握った七海は、圧巻の一言だった。 もちろん歌は上手い。文句のつけようがなく正確で、発音も滑舌も良くハイトーンもめちゃくちゃ綺麗だった。 でもそれ以上に。 なんでそんなに表情豊かなんだ。 ありえない、これが本当に七海か? 『Thunders calling to my ears all the time 揺れる心隠した 痛みを覚えたーー』 切ない歌詞のところは切なそうに顔を歪めながら歌う。力強いところは男らしい、凛々しい表情に変わる。 柔らかい髪が動きに合わせて顔にかかり、時折覗く目は熱を帯びているのが分かる。 え、アイドル? 『哀しい世界はもう二度となくて 荒れた陸地が こぼれ落ちていく 一筋の光へーー』 なんだ、この歌唱力。 歌い終わって高揚している七海が、マイクを持ったまま俺の方を見た。 まじか、こいつーーー 『安堂さん、俺歌上手いでしょ』 凶悪なほど綺麗な顔で、悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。 こんなん、ズルだろ。 満足したのか、上機嫌な様子で俺の横に座った。空気は普段の七海にほぼ戻ってはいるが、表情はいつものポーカーフェイスが崩れかけている。 「すみません、俺歌うとなんか表情のリミッターが外れるみたいで」 「いつもがリミッターかけすぎなんだ、バカ」 思わず悪態をついてしまった。 つかずにいられるか。 「いつもの表情が本当に通常なんです。俺もこんな風になるまで、表情筋が生きてるのしらなかったんですから」 「……お前、歌うといつもこうなのか?」 歌う毎に、こんなキラキラのアイドルみたいになるのか? そんなの、……周りが放っておくわけない。 「カラオケ上手くなりたくて昔よくヒトカラ篭って練習してたんですけど、どうも表現にこだわり過ぎたらしくて。高校の部活の友達とカラオケ行った時に全力で歌ったら『絶対女子の前で歌うな』って止められました」 「そら、そうなるわな……」 こんな七海、今日の昼の女達が見たら卒倒するだろうよ。 「だから今までずっとセーブして人とカラオケ来てたんですけど」 横で七海がマイクを持ったまま俺を見上げる。 ーー花が開くように、ふわりと柔らかく蕩けた笑顔を見せた。 「安堂さんとなら、一緒に楽しんでもいいかなって」 今、分かった。 昼間感じていたモヤモヤは、俺も評価されないのが気に食わないとか、そういうもんじゃなかった。 もっと簡単で、面倒くさいもの。 こいつをこんな顔にできるのは俺だけだ。 だから、俺だけが見ればいい。 独占欲と優越感。 ……これは、思ったより厄介な感情を持ってしまったかもしれない。 「今日は始まったばっかですからね。さあ安堂さん、まだまだ休ませませんよ?」 口角を上げて、得意げにマイクを差し出してくる七海。 俺はもしかしたら、とんでもない沼にハマったのかもしれない。
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