5話 朱に交わって薄紅

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安堂さんがめちゃくちゃ重いため息をついた。 なぜため息をつく? 「もしかして嫌でした?」 「全っっ然、嫌じゃねぇけど!俺だって転属になったらお前連れてくからな、覚悟しとけよ!てかそのド直球な言い方どうにかしろ!」 なんだ、照れてただけか。 真っ赤な顔で睨んでくる安堂さん。 これ、女に見せたら心停止するだろうな。 「ふふっ、照れずに受け止めてくださいよ」 「〜〜〜っっ!!そこで笑うな!!」 部下に慕われすぎて恥ずかしがる安堂さん、プライスレス。 「大丈夫です、どこに転属しようが着いていきますから」 「…………分かった、負けた。もういい」 どこにどうダメージを受けたのかよく分からないが、安堂さんは床に横になって撃沈していた。 なんだか最近、安堂さんが俺の信者発言に弱い。前は自分からからかっていたのに。 ようやく俺のリスペクトが伝わったのかもしれないな。 「安堂さん」 「……なんだよ」 「おすすめアニメあるんですけど、これから見ません?」 そっぽを向いていた安堂さんが、しばらくしてのっそりと起き上がった。 「見る」 苦虫を噛み潰したような顔をしながらリモコンを差し出してきた。まだちょっと顔が赤い。 「今日は隣座らないんですか?」 「うっせぇ」 俺はソファに、安堂さんは床に座りながらアニメを見始める。 そうしてその後、新入社員が来るという話は完全に頭の片隅に追いやられてしまった。 ✳︎ ✳︎ ✳︎  あの時もう少し真剣に話を聞いていれば、と後悔したのは、次の週になってからだった。 「今日は新入社員の紹介がある。4月に怪我をしてしばらく休んでいたが、うちの課に配属された南波くんだ」 目の前には髪を茶髪に染めた、明るく活発な印象の青年。 「今日からこちらでお世話になります、南波優征と申します!4月にバイクで事故っちゃって、皆様にはご迷惑をおかけしました。少しでも取り返せるよう頑張りますんで、ご指導ご鞭撻よろしくお願いします!」 拍手と一緒に男性陣からは笑いが、女性陣からは色めき立った囁きが聞こえた。ウケを取れて満足したのか、当の本人はニコニコと笑顔を崩さない。 俺はこいつをよく知っている。 向こうは多分、俺のことは知らない。 正確に言えば、七海としてのリアルの俺は知らない。 みなみさんの『みなみ』は南波の南だったのか。 皆が温かい拍手を送る中、俺一人南波優征という名の、カメラマンの『みなみさん』の存在を受け入れられず唖然としていた。 「七海くん」 「はい」 「済まないが、今日彼の教育担当が休みだから面倒見てやってくれないか?」 「え」 課長にそう言われて自分でも無意識に顔が引き攣るのが分かった。その表情を見て、課長が眉を下げる。 「七海くん、もしかして今日忙しかった?無理なら他の人に頼むから」 「あ、いえ、大丈夫です」 くっ、思わずイエスと言ってしまった。 気が進まない。 まさかいつも撮ってもらってるカメラマンと同じ職場になるなんて。そういやみなみさん、怪我でしばらく写真が撮れないと言っていたんだ。 ……興味なさすぎて忘れてた。 いやでも大丈夫なはずだ。七月として活動する時は、ずっと女装姿で男に戻ったことはない。理想を壊さない目的と、身バレを防ぐ目的があってそうしてきたが、まさか本当に防波堤になる日が来ようとは。 課長の後ろにいるみなみ、ではなく南波さんを見る。自分の働く環境に興味津々のようで、楽しそうにあちこち忙しなく目を動かしている。 ……見た目だけは好青年なんだけど。 中身が、なぁ。 でも引き受けたものは仕方がない。 なるべく落ち着いて声をかけよう。 「あの、南波さん」 「はい!」 「今日は私が色々説明しますから、よろしくお願いします」 「よろしくお願いしまー……す?」 南波さんと目がバッチリ合った。 愛嬌のある目を丸くし、首を傾げている。 「どこかでお会いしたことあります?」 「いえ、私は記憶にありませんが」 南波さんが一歩詰め寄る。角度を変えながら、俺の顔を遠慮なく観察し始めた。 決まりが悪くなってつい目を逸らす。 「それじゃ、七海くん。頼んだよ」 「はい、かしこまりました」 朗らかに頼んで課長は去っていった。 南波さんの方をもう一度見ようとしたが、まだ俺のことを観察していたので再度目を逸らした。 逸らした先に安堂さんを見つける。 あ、目が合った。
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