5話 朱に交わって薄紅

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「うーん、こんなイケメン一度会ったら忘れないと思うんだけどなぁ?えーっと、七海サン?ですっけ?よろしくお願いします」 「あ、はい。よろしくお願いします」 南波さんが釈然としないながらも頭を下げた。 俺も反射で頭を下げる。 はぁ、なんとかバレずに済みそうだ。 頭を上げながら、そっと南波さんを伺う。 気付かれないよう見るつもりだった。 ……が、南波さんはずっと俺の方を見ていたようでしっかり目が合ってしまった。 その瞬間、南波さんが「あっ」と声を漏らした。 「分かった、七月サンだ」 ーーーー顔が、上げられないんだが。 「……何の話でしょうか?とりあえず、席に案内しますので」 顔を上げ切る前に後ろを向いて、ディスクに向かおうとする。 が、肩に手を置かれて止められた。 「七月サンだよね!?まさか同じ職場だったなんて、光栄だなぁー!へぇー普段こんな感じなんだぁ、これはこれで撮り甲斐ありそーー」 「先に更衣室から行きましょうか!」 こいつ、大音量スピーカーすぎる……! 周りが謎のやり取りにキョトンとする中、肩に乗っていた南波さんの手を引っ張って無理矢理更衣室へ連れていった。 「ーーやっぱ七月サンじゃないっすかぁ」  さして抵抗もせず更衣室へ引っ張られてきた南波さんの第一声がそれだった。 呼吸を整えてから振り返る。 「……とりあえず、職場でその呼び方は二度としないでください」 「は〜い」 ニンマリとした笑みを浮かべながら、腕を組んで俺の方を見ていた。今までラフな格好しか見てこなかったが、タッパもあってかスーツもしっかり似合っているのが若干癪に触る。 「じゃあ、次こそちゃんと自己紹介してくださいよ?」 「……七海だ」 「下の名前は?」 「…………な・な・み・な・つ・き、だ」 「なつきっていうのか〜、なっちゃんだねぇ」 「ぶっ殺しますよ。七海と呼んでください」 「は〜い」 軽い調子で話しながら、俺のことを髪から足の先まで眺め回してくる。目が輝いているのがいつも通り気持ちが悪い。 人当たりも見た目もいいのに。 みなみさんは、俺の見た目が好きすぎるオタクなのだけが唯一かつ最大の欠点の変態だ。 「みなみさんのカメラマンとしての腕は信頼しています。ですが、ここは職場なのでその変態ぶりは発揮しないでください」 「ひどい!俺は七月サンのすべてを愛しているだけなのに!」 「七海です」 「じゃあ俺のことも名前で呼んでよ。あ、優征でいいですよ?」 「では南波さん、これからは仕事仲間としてよろしくお願いします」 とりあえず釘は刺した。効くかは分からんけど。 ノルマ達成ってことでもういいだろ。 仕事もあるので更衣室を出ようとした、が、南波さんに腕を掴まれる。 「相変わらずの塩対応もいいけど、もうちょっと男の七海サンも堪能させて?」 ニコニコ笑いながら圧をかけてくる南波さん。 ……力強いなこいつ。 「職場はなしって言ったでしょ」 「えー無理だって、久しぶりなんですよ?もっと見せてくださいよ〜七海サンの隅々ま・で」 「相変わらずそういうとこ気持ち悪いですね」 冷たくあしらっても慣れているせいで全く効果はない。 「はぁ〜コスプレ中はちょっとしか触れなかったけど、男だと遠慮なく堪能できてこれはこれで最高。というか男でもアリってことが俺の中で判明した」 「普通はレイヤーお触り禁止ですから、ちょ、腰触んないでください!」 本当にセーブできないなこの人! 腰に手を回して体を寄せようとしてくる。 あ、なんか既視感。 「ーー七海、更衣室の案内は済んだか?」 ガチャッと音を立てて開いたドアの方を見ると、既視感の元凶である安堂さんが立っていた。 俺と南波さんを見て、一瞬で視線が絶対零度に凍りつく。 「七海に何か問題でもありましたか?無ければ仕事について説明しますので業務に戻りましょう」 ニコニコしているが、安堂さんの目が全く笑っていない。有無を言わさない空気に、南波さんも素直に掴んでいた手を離した。  3人で仕事場に戻ると、安堂さんが俺に仕事を頼んできた。「代わりに南波には、俺が教えられるだけ教えとくな」と付け加えて。 さっきのやりとりを見て、俺と南波さんをしばらく離した方がいいと判断したらしい。 正直とってもありがたいです。 やはり持つべきは神上司だ。 タブレットを出して今日の予定をチェックした。 こういう日に限って、外に出るアポはないんだよなぁ。だから課長も頼んだんだろうけど。 「はぁ……」  この前安堂さんにはどんな職場環境でも問題ないって言ったけど、前言撤回。 知り合いのいる職場は面倒くさい。
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