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「大丈夫です、その件は片付いているので」
「本当にか?さっきも何かされたんじゃ……」
「本当に大丈夫ですから。最初の時は思いっきり蹴り飛ばしましたし、そん時コスプレイヤーとの接し方を叩き込んだので。それで、基本写真集とかは彼が撮ってるんですけど、これも向こうの好意でタダでやってもらってるんです」
まぁ実際は、タダの対価としてちょっと足触られたりとかはあるけど、言ったらまた安堂さんの正義感を刺激しそうなので伏せておく。
というか、そこを伏せた今の話でもかなり渋い顔をしているのでちょっとマズいかもしれない。
「…………変質者だが、利益を産む優秀なカメラマンってことか」
「ひと言でいうとそんなところです。今まで女装姿でしかあってなかったんですけど、今朝俺が七月だと気づかれまして」
「何か脅されたのか?」
安堂さんが食い気味に聞いてくる。
どうも、俺がこっぴどい目に遭ったと思い込んでいるらしい。
「そういうことはないので大丈夫です。向こうも七月の活動を尊重してくれてますし、俺も結局バレたところで困るというほどのことはないですし」
「そうか……それじゃ、他に問題は?」
……男の俺でも撮りたい発言をされたことは、言うべきだろうか。
でも、言ったところでどうにかなる話じゃないし、第一安堂さんの気を揉ませるわけにもいかない。部下がこうなってるって知ったら、絶対心配する人だから。
何もない、と言うつもりで口を開きかけたところで、先に安堂さんが口を開いた。
「俺が気になって聞いてんだから、迷惑かけるとか変なこと考えるなよ。あった事は全部、包み隠さず言え」
うっ。
安堂さんの目をそっと見る。
…………めちゃくちゃ怖いんだが。
「……大したことじゃないですけど、どうも南波さん的には男の俺も被写体としてアリみたいです」
「それはつまり、女装してる時と変わらないくらい男のお前も変態的に好きってことか?」
この人はどうしてこうオブラートに包んだ情報を的確に処理してしまうのか。
「……そういうことに、なりますかね」
「それはもうセクハラだろ」
安堂さんがキレているのが言葉の節々から痛いほど分かる。
ブラックな安堂さん初めて見た。
おっかなくてもう横が見れない。
「まぁ、ちゃんと約束すれば破る人ではないので……」
「男のお前にセクハラしないことを約束できたのか?」
「…………」
視線が、痛いです安堂さん。
「できてないんだな。じゃあ絶っ対2人きりになるなよ」
「……そのつもりです」
これ以上の返事をすることができなかった。
なんとか事情をひと通り話し終えて、2人の間に沈黙が流れる。
まさかここまで安堂さんが怒るとは。やっぱり上司になると、部下のハラスメントには敏感になるんだろうか。
……まだ怒ってるかな。
そっと安堂さんの様子を見たが、もうブラックなオーラは消えていつも通りの余裕の顔でコーヒーを飲んでいた。
「……事情は分かった、とりあえず俺もできる限りフォローするから。何かあったらすぐ言うんだぞ」
「分かりました、ありがとうございます」
「お前に何かなくて安心したよ。んじゃ俺仕事戻るわ。悪いな、抜けてきてもらって」
「いえ、こちらこそ話せてすっきりしました。俺も一緒に戻ります」
2人で飲み物を持って戻ると、課長が安堂さんを探していた。
「安堂くん!お、七海くんも一緒か。ちょうど良いな」
「どうかしましたか?」
「これを渡そうと思ってね」
ニコニコしながら一枚の紙を渡された。受け取った安堂さんの手元を俺も覗き込む。
歓迎会?
「これって……」
「南波くんの歓迎会だよ。ようやくうちの課も全員揃ったからねぇ、一度ちゃんと飲まないとな!」
「そう、ですね」
こういうイベントの存在、すっかり忘れていた。安堂さんも忘れていたようで、俺と目を合わせてキョトンとしていた。
飲み会自体はいいが、南波さんと初めて酒を飲むという一点に置いて不安が拭えない。
「安堂くんと七海くんはうちの課の顔だから、2人には絶対来てもらわんといかんと思ってな。この日は大丈夫かね?」
ここまで課長に念を押されては退路がない。
「私は大丈夫です」
「おお、七海くんは来れるか!安堂くんはどうかな?」
「もちろん行きますよ。俺が酒を飲まないわけないでしょう?」
「はっはっ!そうだな!じゃあ2人とも参加ということで、幹事には伝えておくよ」
「よろしくお願いします」
課長が居なくなってから小声で確認する。
「安堂さん、飲み会って女性大丈夫なんですか?」
「ああ、そっちは大丈夫だ。今までも基本上役の卓に入り浸って避けてきたから」
なるほど、優秀な人にしかできない戦法だ。
「それよりお前の方は乗り切れそうか?」
「多分。南波さん女性にモテそうだから、うまいこと壁ができるんじゃないかと思います」
「なるほどな」
お互い解決策はあるようで安心した。
自分のデスクに戻って、スマホのカレンダーに予定を追加する。残念ながら今週末安堂さんと飲みに行く予定が潰れてしまった。
代わりにこれとか、本当残念すぎる……。
今週末に仕事を回して残業したくなる気持ちをなんとか抑えて、俺は今日残っている仕事に取り掛かった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「南波さんって彼氏いるんですか〜?」
「あ、それ私も聞きたい〜!」
「俺なんかにいるわけないじゃないっすか〜」
「うそだー!」
「いや本当ですって!」
歓迎会が始まって1時間。
ありがたいことに、俺の読み通りに飲み会は進んでいた。
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