5話 朱に交わって薄紅

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「安堂も過保護なことで」 「周りの卓の様子が気にかけてるだけじゃないですか?」 「おま、その安堂いい人補正やめろ。まぁいいやつだけど、あれはお前を気にしてるから」 そうなんだろうか。俺はよく分からないが、加藤さんと村野には納得できることらしい。2人ともうんうん頷いている。 「まぁ大方、自分が手塩にかけて育てた部下が他のやつに懐かないか気が気じゃないんだろ」 「安堂さん独占欲強そうですからねぇ」 そうなんだろうか? 疑問が顔に出ていたようで、「絶対そうだ」と念押しされた。 ……俺、あの人にとってそんな大事な存在なんだろうか。もしそうなら、心配している安堂さんには悪いけど俺は嬉しい。 そんなことを考えていると、横で村野がまたポカンとして俺を見ていた。加藤さんが呆れながらかぶりを振っている。 「……七海、そんな幸せそうに笑ってやるな。男でも変なファンが付くぞ」 どうやら顔に出ていたらしい。 ちょっと最近気が緩みすぎているのかもしれない。もう少し気を引き締めないとな。 俺はお酒からウーロン茶に切り替えて、テーブルに残っているつまみを食べることにした。 「すみませーん!二次会行く人はこっち集合でお願いしまーす!」  幹事の声を遠くに聞きながら、俺は課長から預かり物を受け取っていた。 「悪いねぇ七海くん。今までこんなことなかったから、飲ませすぎてしまったみたいで」 「いえいえ大丈夫です。家の場所は分かりますから、任せてください」 「これタクシー代」 「さすがに大丈夫ですから!あとでこの人から徴収しますよ」 「悪いねぇ」 俺は酔い潰れた安堂さんを脇に抱えていた。 課長の話では、一人で日本酒の一升瓶を空けたらしい。化け物かこの人は。 でもさすがに一升は堪えたらしく、一人で帰るには十分不安なレベルには酔い潰れていた。 二次会には連れて行けないので、唯一自宅に行ったことがある俺に白羽の矢が立ったのだ。 二次会に行くつもりはなかったので、俺としてはこの上なく好都合である。 「七海サンなんで来ないんですかー!?一緒に行こうよー!俺今日全然絡めてないー!」 南波さんが死ぬほど残念そうにしているがこれは仕方のないことなのだ。 ほんと、心の底から俺も残念なんですよ。 二次会に引きずって行かれる南波さんと一行を見送って、俺と安堂さんはタクシーに乗り込んだ。  タクシーに乗っている間、安堂さんはぐったりと大人しくしていた。逆にここまで動きがないと、いつ吐くか予兆がないので心配になる。  無事家まで着いて、安堂さんにオートロックを開けてもらった。 部屋に入ってベッドに安堂さんを寝かせるとようやく意識が回復してきたようだった。 うっすら目を開けて俺を見ている。 「安堂さん飲みすぎたんで、今家ですよ。大丈夫ですか?」 「あぁ……悪い……」 「気にしないでください。今水持ってきます」 キッチンへ行って水を汲んで戻ってくる。 安堂さんは気持ち悪そうに頭に手をやりながらぼんやりしていた。 こういう状態初めて見たけど、大人の色気すごいなこの人。 「……ちょっと体起こせますか?」 「ん」 怠そうにゆっくり起き上がって壁にもたれる。 あ、しまった。スーツに皺。 「安堂さん、ジャケットは脱ぎましょうか」 「頼む……」 「ネクタイは?」 「……取ってくれ」 ベッドの上に失礼して、安堂さんに跨りながらジャケットを脱がす。ネクタイに手をかけて解き、シャツの第二ボタンまで外しておいた。 「………」 脱がす様子を安堂さんにずっと見られている。 なんか、エロいことしてるみたいで死ぬほど恥ずかしいんだけど。 「あの、できたんで水飲んでください」 「ありがと……」 安堂さんの横に座って水を渡す。相当喉が渇いていたようで、一気に飲み干していた。 まだ飲めそうだったのでもう一杯汲んできて渡した。 うん、大丈夫そうだな。 それじゃ俺も終電逃すとまずいし、そろそろ帰るか。 近くにもう一杯水だけ置いておこう。幸い明日は仕事休みだし、ゆっくり寝てても問題ないはず。 「それじゃ安堂さん、俺帰るのでゆっくり休んでくださいね」 そう言って立とうとした瞬間、腕を掴まれた。 「……帰らないでくれ」 「え、いやでもーー」 「嫌なのか?」 いつになく真剣な目で俺のことを見てきた。 その剣幕に思わず体が固まる。 「ーー嫌じゃないですよ」 「じゃあ俺よりあいつらと居る方がいいのか」 あいつら? ……まさか、加藤さんとか村野さん達のことか? 俺が安堂さんより他の人と居たくて、今日一度も話に行かなかったと思っているのか? いつも余裕な姿しか見せない安堂さんの健気な勘違いに、思わず笑みが漏れてしまう。 そんなことあるわけないのに。 「まさか。俺はいつでも安堂さんと居る方が楽しいですよ」 こんなことを素直に教えてくれるなら、たまには介抱するのも悪くない。 「じゃあーー」 そんなことを考えていると、掴まれていた腕が急に引っ張られた。 唇に柔らかいものが当たる感触。 目の前には安堂さんの顔。 日本酒の匂いが鼻をかすめた。 「ーー俺だけのものになれよ」 「え……」 突然のことに思考が停止している間に、それだけ言って安堂さんは倒れ込むように寝てしまった。 「………俺、今キスされた?」 答えを聞こうにも、安堂さんは完全に寝てしまって誰も答えてはくれなかった。
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