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「安堂さん、俺にも簡単なやり方教えてくんないかなあ〜」
どんなやり方でも簡単な仕事はないと思うが。
「俺が何か教えるのか?」
「え」
「あ」
噂をすれば。
気づかないうちに、話のタネである安堂さんが俺たちのテーブルの横に立っていた。手に大盛りのパスタを乗せたトレーを持っており、どうやら今からランチタイムらしい。
「安堂さん、松田にこの世には簡単な仕事など存在しないことを教えて上げてください」
「待て待て七海ぃ!俺そんなこと知りたくないってぇぇ!」
「なんじゃそりゃ」
安堂さんは一瞬困惑顔をしたが、俺のステーキランチの残骸と松田の仕事用タブレットを見てすぐに事情を察したらしく、苦笑いになった。どんな顔も様になる。強い。
「松田、あんまりうちの大事な部下を困らせるなよ?」
「安堂さん〜!そんなこと言わずに俺にも優しくしてくださいよ〜!」
「怒られてないんだから十分優しいだろ、安堂さんに甘えるな」
「お前になら甘えていいの?」
「いやだ」
当たり前だ。
でも安堂さんは俺と違って優しいから、多分なにかしらしてくれるだろうな。
「まぁでも確かに、最近松田が担当してる案件、松田向きではない気はするな。ちょっとタブレット貸して……なるほど、やっぱり割と偏屈な人が多いからノリと勢い重視の松田には向いてねぇかもなぁ」
「そうですよね!?分かってくれます!?」
ものすごい勢いで頷く松田。
「ああ、俺もそう思う…………そうだな、お前んとこの上司に100パー無理そうなやつだけ上手く担当入れ替えできないか聞いといてみるよ。替わらなかった時は役に立てなくてすまんな?」
はい神。
「ええええ!?いいんですか!?俺担当チェンジ諦めてたのに!!」
「松田、お前も安堂さんを敬え」
「敬う、マジで敬う」
「いやいや、大したことないから気にすんな」
朗らかに笑って松田の肩をぽんぽんと叩く安堂さん。そう、こういうことをサラリと出来てしまう男なのだ。直属でもない部下にまで男前を振りまいて一体どこまで男前度を上げれば気が済むのだ。
「そもそも仕事に置いて万能型を作ろうって考え方が古い。一人で働いているわけじゃないんだから、まずはお互いに得意なことをやればいいさ。キャリアとしてスキルが欲しくなった時にまた難題に挑戦すればいい」
「安堂さん」
「どうした七海」
「もう一回お願いします。録音して社内メールで回しますので」
「残念だったな、金言は一回きりだ」
少し意地の悪い笑みを浮かべると、「また後で」と言い残して俺たちのテーブルから去って行った。
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