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そうして自分の雰囲気に合ったキャラのコスプレを極め続けた結果、「等身大フィギュア」と呼ばれるようになってしまった。
まあ、おそらくこの呼ばれ方は、俺が全然愛想を振りまかないことも揶揄ってるんだろうが。
「七月さ〜ん!一緒に撮りませんか〜?」
「いいですね。ポーズどんな感じです?」
「じゃあ、あたしこっち向くんでこの辺立ってもらっていいですか?」
「分かりました。今日のたた子さんも完成度高くて完璧ですね」
「七月さんのクオリティで言われても全然褒められてる気がしないんですけど〜!」
ちゃんと本心で言ってますから。
それにしてもすごい人の数だよな。やっぱりこの人が多いっていうのは単純に疲れるから好きではない。
まぁやる以上は仕方ない、沢山撮って宣伝してもらおうーー……か?
俺とたた子さんの周りに出来ている人垣の向こうに、よく見知った人の姿が見えたような気がした。いやいやいやありえない。似合わない。そういう趣味はどう考えてもなさそう……なんだけど。
一瞬それらしき姿が見えただけだから、見間違いかもしれない。顔をしかめないように気をつけながら、目を凝らして人混みの中を確認する。
…………本当にいる。安堂さん。
汗の匂いと人の熱気が充満しオタクが密集した空間に、完璧な男が足を踏み入れているとは。
場違い感からか周りの客に若干距離を取られているせいで、次は見間違えようのないほどハッキリと顔が確認できた。
ーーここでひとつスレ立てを。
『俺の女装が上司にバレて人生詰んだけど何か質問ある?』
と言ってもまだバレていないし、バレても別にただの副業だから、説明すれば人生詰むことはまずない。多少いじられたくらいで病むようなメンタルなら、こんな副業はしていない。今の俺的にはむしろ、安堂さんの方が心配だったりする。
写真を撮られながらさりげなく目の端で追ってみたところ、やはり私用で同人誌即売会に来ているわけではなさそうだった。普段見るスーツをきっちり着ており、髪もセットされている。フォーマルな格好のイケメンが同人誌即売会の中をきょろきょろしながら彷徨っているんだから、場違いこの上ない。
仕事着ってことは仕事なのか?
考えられるのは、接待の付き合いの延長で来た可能性だ。もしかしたら顧客の中にオタク趣味のやつがいて、気前よく付いてきたのかもしれない。安堂さんならやりかねない。それで付いてきたのは良いものの、相手とはぐれて迷ってしまったのか。
いやはや、休日を返上してこんなところに来てまで仕事とは恐れ入る。
すでに人混みに紛れてしまって、安堂さんの姿はどこにも見当たらない。
……あの人、体、壊さないといいな。
心の中で安堂さんがいた方角に、手を合わせておいた。
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