2話 上司の声は神の声

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 いつもと違うことが起きたのは、退勤しようと思ってパソコンをシャットダウンし、鞄を持った直後だった。 「なぁ、七海」 安堂さんから声をかけられた。一瞬やり忘れた仕事でもあったかと思ったが、振り返って顔を確認し、そうではないことにすぐ気づく。迷いのある歯切れの悪い声、曇りのある表情、そういう雰囲気ではないことは分かった。 「はい、どうかしましたか?」 「この後時間あるか?ちょっと話があってな。俺も今から帰るからちょっとだけ付き合ってくれないか」 「予定は特にないので大丈夫です」 安堂さんから仕事外で時間を作って話がしたいとは珍しい。新人時代ならば何度も外で話をしていたが、最近はたまにご飯を一緒に食べるくらいで、それもたまたま帰り時間が合った時だけだ。  一体どんな話を聞けるのやら。とりあえず着いて行ってみるしかない。 ✳︎ ✳︎ ✳︎  連れてこられたのは2駅先のファミレスだった。近場で話さないとは随分徹底してらっしゃる。 ファミレスはほどよく混んでおり、騒ついた店内は話をするにはもってこいの空間となっていた。 「ご注文を伺います」 「コーヒーとパンケーキを1つ。七海はどうする?ここは俺が持つから何でもいいぞ」 「では、同じものをお願いします」 「かしこまりました」 注文を済ませ、改めて向かいに座る安堂さんの顔を伺う。安堂さんは神妙な面持ちで、なにやらスマホの画面を確認していた。ファミレス居ても様になるってすげぇイケメン度合い。別に今の顔に不満があるわけじゃないんだけど、こういうタイプの顔の方が男前で羨ましいと思っちゃうんだよな。 「じゃあ、まず俺が話す前に確認しときたいことがあるんだが……」 脳内思考が脱線しかけていたが、安堂さんが口を開いたことで当初の目的を思い出した。 「あ、はい。なんでしょうか」 「……違ったら悪いが、このアカウントはもしかして、お前か?」 気まずそうな顔でおずおずと差し出してきたスマホ。その画面には、七月と書かれたTwitterアカウントが写されていた。 まごう事なく、これは俺の女装レイヤー用のアカウントだ。 一瞬思考がフリーズする。 マジか。 「……………………俺、ですね」 「マジか」 「マジです、というか『マジか』は俺のセリフですよ。どうやって特定したんです?」 正直バレたこと自体は痛くも痒くもない。そもそも安堂さんは、人のこういうことを言いふらすような人間じゃないからな。  でも、聞きたいことはある。確かにトイレでは鉢合ったけど、あんなんだけで分かるか普通。背格好が似てる人間なんてごまんといる。こっちは顔変わるくらいバッチリメイクしてたんだぞ?俺が怪訝な顔で安堂さんを見つめると、バツが悪そうに目線を逸らした。 「すまん……あの日のイベントに来ていたコスプレイヤーは全員漁ってな。アカウントはすぐ見つけたんだ。男だと明記はしてなかったが、会話を見れば隠してないから簡単に分かった。あとはほら、YouTubeで一回私服っぽい服で撮ってた回あったろ。あの時だけお前が普段つけてるのと同じ腕時計してたから、取り忘れたんじゃねぇかなって」 なんて優秀な特定班だよ。
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