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「桃子」
名前を呼ばれたので振り返った。そこには同級生の京香がブレザーのポケットに手を突っ込んで立っていた。何か香水でも付けているのか、甘い匂いがする。
桃子はふーっと息をつき、口で息を吸い込んでから「何?」と尋ねた。京香は少し気まずそうな顔をして、機嫌を伺うかのように桃子の目を見る。鋭い目つきでもしていたかな、と感じた桃子は、柔らかい雰囲気になるよう努めて、再び「何?」と問う。
「あ、いや……。今日も橙子さんの病院に行くの?」
「当たり前」
即答する。つい声が尖ってしまった。やはり自分は無意識に無愛想さを顕にしてしまっているのかもしれない。桃子はリュックの肩かけ部分をぎゅっと握りしめた。
「……大切なお姉ちゃんだもん。……みんなにとってはどうだか分かんないけど……」
「そんな、何言ってんの」
京香が慌てたように桃子の肩を叩く。同じタイミングで、奥に見える教室の窓の向こうに枯葉がいくつも舞った。水分のない、触れたらパリパリに割れてしまいそうな茶色い葉だ。
「確かにさ、前は批判され気味……だったのかもしれないけど、みんな今は橙子さんの優しさに気づいているじゃない。まああたしは、前から橙子さんのこと別に嫌いじゃなかったんだけど」
「……そっか、ありがと」
桃子は目を伏せ、薄っぺらな感情で言う。脳裏には以前ネットで目にした、『桃子の見境のなさは姉譲りだよね、姉妹揃ってクソ』というコメントが浮かんでいた。それを書いた人のユーザー名は本名ではなかったが、周辺情報を集めればすぐに京香だと分かる。ばれていないとでも思っているのだろうか。
「……それで、どういう用件なの?」
一刻も早く会話を終わらせたかった桃子は、伏せていた目をゆっくり上げた。京香の黒い瞳を見据える。
「あ、えっと、桃子ってこの前テレビ出てたよね?」
京香はみんなが分かりきっていることを訊いてくる。桃子はただ頷いた。
先日、百合川橙子の妹として、全国放送の番組でインタビューされたのだ。桃子は「姉を信じていたし誹謗は無視していましたが、やはり悲しさはありました」、そして「自分の代わりに事故に遭ってしまったのは本当にショックです。運転手の人には反省してほしい」などと語った。運転手は、脇見運転をしていたらしい。
別にテレビだけの話ではない。桃子がマスメディアに引っ張りだこなことなんて、この学校の生徒でなくても知っていることだ。
「それが何?」
「いや、あたしにできることがあれば協力するから、言ってほしいなあって思って」
「……どういう意味?」
話が繋がらず、桃子は眉を顰めた。京香は若干笑いながら、「だからぁ」と再び桃子の肩を叩く。
「テレビの人がさ、今度桃子さんの友達にも話を訊いてみたいですねって、言ってたじゃん! だからさ、また出る機会があるんなら、友達枠として、あたしも出てあげていいよ?」
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