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……なるほどね、と思った。
桃子は作り笑いを浮かべ、「そうだね、ありがとう」と言う。桃子の返事に満足したのか、京香は「あたしたち、ずっと友達だからね! いつでも頼ってよ!」と、何かの名台詞みたいなことを言う。京香から口に出されると、違和感しかなかった。
京香と別れ、桃子は教室を後にした。校庭の横の日陰の道を歩いていると、不意に上の方から何か気配を感じた。見上げると、小さくて丸い影が空に浮かんでいるのに気づいた。その影が次第に大きくなってきてようやく、野球部のボールが飛んできているんだ、と分かった。
桃子は、持ち前の瞬発力でそれをかわした。ボールは地面に叩きつけられ、数回跳ねた後少し転がる。ボールが飛んできた方向に顔を向けると、慌てた様子で野球帽を被った男子がこちらに走ってきていた。桃子に対し謝っているのか、口がパクパク動くのが認識できる。
桃子はボールを一瞥はしたが、そのまま歩みを進めた。割と近い位置にボールはあったのだが、桃子には、拾い上げて投げ返してあげる気力はなかった。
しかしそのまま立ち去ることはできなかった。
「あ、あの」
話してきたのは走ってきていた野球部の男子である。ボールを拾い上げなかったことに文句でも言いに来たのかと思ったが、その後の一言で違うと分かった。
「百合川桃子さん……ですよね。タレントの百合川橙子さんの妹の」
「……そうですけど」
桃子は答える。何だろう、何を言いに来たんだろう、と素朴な疑問が湧き上がる。
するとその男子はぺこりと一礼した。
「あの、頑張ってください。テレビ、見ました。お姉さんのこと、どれだけ信じててどれだけ大切に思っていたのか聞いて、なんか心打たれて……。応援してます」
桃子は目を見開いた。こんな見知らぬ人に直接声をかけられるのは想定外だったからだ。その男子は身なりと風貌からして、まだベンチ入りできていない一年生といったところだろう。けれどこんなに礼儀正しく真面目なら、すぐにチームの中心人物になっていくだろうな、と思った。いや、そうであるべきだ。真面目こそ正義だ。
桃子はそっと微笑み、「ありがとう」と答える。ボールを拾い上げる前に話しかけてきたようで、まだ地面にボールが転がっていた。桃子はしゃがんでそれを拾い上げると、野球少年にそっと手渡す。
「あなたも、頑張ってね」
そして、再び歩みを進めた。日陰の道を、まっすぐに歩いていった。
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